覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『無名の人生』=渡辺京二・著」、『毎日新聞』2014年10月19日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『無名の人生』=渡辺京二・著
毎日新聞 2014年10月19日 東京朝刊


 (文春新書・810円)

 ◇現代文明を相対化 生きる意味語りかけ

 『逝きし世の面影』をはじめ、ユニークな角度から日本近代を照射しつづける著者の語りおろしエッセイ。自己顕示を否定する著者らしく、抑制のきいた語り口で、波瀾(はらん)万丈だった自らの生の軌跡を踏まえつつ、来し方行く末を語るその言葉は、鋭くも含蓄に富む。

 本書は、序の「人間、死ぬから面白い」を皮切りに、「私は異邦人」、「人生は甘くない」、「生きる喜び」、「幸せだった江戸の人びと」、「国家への義理」、「無名のままに生きたい」の七章仕立てで構成される。一九三〇年生まれの著者は、七歳のとき、家族とともに中国(北京)に移住、一九四〇年、小学校四年で大連に移り、大連第一中等学校在学中に終戦となり、一九四七年に帰国、両親の故郷熊本の親類に身を寄せた。

 終戦間際から帰国後にかけ、窮乏生活がつづくものの、大連で裕福な日本人が放出した文学書や哲学書を「なけなしの小遣いで」買いあさり、読みふけったことなど、この時期のことを語る口調は、不思議なほど明るく楽しげだ。著者はこうして中国で幼年期、少年期を過ごした自らを、「ともあれ、私の感覚は異邦人のものです」と言い、「私の体内を流れているのはナショナリズムの血ではありません」と、きっぱり言い切る。

 著者はやがて熊本の旧制第五高等学校に入学するが、まもなく結核にかかって喀血(かっけつ)、療養所に入る。療養所生活は四年半におよび、その間、多くの人々の死を目の当たりにし、「無念な思いはきっとあるはずなのに、ただ黙って死んでゆく−−これが、原形としての人間の『生』の在り方だ」と、深く感じる。異国で育った者の異邦人感覚と、療養所経験によって培った死生観は、その後の著者の生き方や考え方の根底をなすものだといえよう。

 本書の「幸せだった江戸の人びと」の章では、こうした著者ならではの名著、『逝きし世の面影』について存分に語っている。この作品は周知のように、幕末・明治初期、外国人が著した数々の訪日記録を通して、かつての日本の姿を描き出したものである。ここに浮き彫りにされる江戸の人びとのイメージは、陽気に屈託なく生を楽しみ、幸福感にあふれており、既成の陰鬱な前近代観をもののみごとに突き崩す迫力がある。

 ちなみに、著者はこうした本が書けたのは、自分が訪日記録を著した異国の人びとと、同じ視線を持っていたからだと述べている。対象と一体化しない異邦人の感覚を持っているために、あるがままに受けとめ、映し出すことができたというのである。

 さらにまた、逝きし世である江戸時代を手放しで賛美するわけではなく、「それを現代文明を相対化する鏡として用いたいのです」と述べ、自らのスタンスを明確にしている。

 対象と一体化せず、つねに距離を保ち、相対化することを重視する姿勢は、最終章「無名のままに生きたい」まで貫徹される。著者は、自己実現、自分探し等々の名目で、自己顕示に汲々(きゅうきゅう)とし、自分を絶対化することを峻拒(しゅんきょ)する。人は「この世に滞在する旅人にすぎない」のだから、自分を取り巻くコスモスの世界と交感しながら、生の実質を感じとることが肝要だというのである。これは、生きることじたいを相対化する態度だといえよう。

 競争原理と成果主義にふりまわされ、息せき切って走る風潮が世をおおう現代、渦に巻き込まれず、この世にあって生きることの意味を根底的に語りかける一冊である。
    −−「今週の本棚:井波律子・評 『無名の人生』=渡辺京二・著」、『毎日新聞』2014年10月19日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141019ddm015070023000c.html






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