覚え書:「日曜に想う:ヘイトスピーチ、聞き流すのではなく 特別編集委員・冨永格」、『朝日新聞』2014年10月19日(日)付。

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(日曜に想う)ヘイトスピーチ、聞き流すのではなく 特別編集委員・冨永格
2014年10月19日

 アテネの太陽は、たとえばアクロポリスの丘を朱に染めて昇り、遺跡群を紫の影絵にして沈む。光の気まぐれで古都の空気は百の色になる。

 多彩な暁の中で、金色のそれが数年来ギリシャを騒がせている。極右政党「黄金の夜明け」である。債務危機の一昨年、この党は定数300の国会に18議席を得た。誇り高き祖国の復活と国民の連帯、それを妨げる不法移民の一掃。主張は愛国、そして排外だ。

 昨秋、党を批判する男性歌手が殺され、自称党員が捕まった。警察は摘発に乗り出し、犯罪組織を作った疑いで党首ら国会議員が逮捕された。

 移民への暴力は日常だ。ギリシャ国籍を併せ持つ日本人女性は昨年、黒ずくめの約20人が地下鉄で外国人を追い回すのに出会った。「私も異邦人。彼らと目が合った時は怖かった」

 もっとも、皆が拒んでいるわけではない。土産店主のミハリスさん(45)は「大政党に反省を促す力にはなる。失業者への炊き出しもいい」。先の日本女性も、移民が居つき物騒になった地区を追われた経験があり、「治安効果」は買う。「私、5月の欧州議会選挙で一票入れちゃいました」

 「夜明け」に対し、ようやく政治が動いたのはこの9月だ。差別禁止法が強化され、ヘイトスピーチへの罰則が重くなった。戦争犯罪などの史実を否定する言動も禁じられた。

 「特定の勢力を標的にしたものではない」。法改正の責任者、ヤニス・イオアニディス内務省次官はそう断って続けた。「極右が伸びるほど、世間の差別意識があおられる一面がある。とりわけ彼らが危険なのは、その攻撃が口先だけに終わらない点です」

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 移民への「免疫」があると思われる国々でも、異民族や異教徒への攻撃は口先にとどまらない。北アフリカ出身者ら数百万のイスラム教徒が暮らし、一方に欧州最大のユダヤ人社会を抱えるフランスとて、例外ではない。

 在仏ユダヤ組織代表会議が公表した人や物への「反ユダヤ的行為」は、去年の倍に近い勢いだ。イスラエルによるガザ侵攻への反発も一因らしい。ヨナタン・アルフィ副会長が言う。「移民の血を引く若者と、その排斥を叫ぶ極右が反ユダヤでは共鳴する。差別の濃淡は民主主義の物差しなのに」

 他方、米同時テロから様々な偏見にさらされるムスリムたち。今は「イスラム国」の乱行が敵意をあおる。

 全仏イスラム評議会によると、信者やモスクへの攻撃は昨年、警察沙汰だけで前年の1割増、今年はその3割増のペースという。ネットでの中傷は数知れず、開祖ムハンマドらしき人物をブタが丸焼きにする絵まである。

 評議会のダリル・ブバクール会長は「イスラム=暴力的」の誤解を嘆く。「どんな宗教も人権と平和を尊び、寛容でなければいけない。女性をさげすみ、人質を惨殺して何が聖戦か。互いを理解しようと努めるより、敵対という易(やす)きにつく者が多すぎる」

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 行動や感情表現には国柄が出るが、そこに優劣はない。異文化と接した時にこそ、度量と知恵が試される。

 イスラム教徒が支配する聖地、エルサレムを奪い返そうとした十字軍。下等と思い込んでいたオリエント文明の先進ぶりに驚き、兵士らは東の技術や産品を持ち帰った。知ろうともせず、「やつらはそういう民族」と決めつけてかかれば、不和や孤立を招く。

 取材中、礼節の国でヘイトスピーチなんてと何度か驚かれた。憎悪の言葉はやがて本物の暴力に転じ、日本の定評をむしばむだろう。ヘイトへの慣れや無関心は、それを弄(ろう)する者を増長させる。ヘイトは雑音ではない。聞き流さず、拒まなければいけない。

 憎み合うことはたやすい。異文化、異教徒、異民族。異の一字に責任を負わせて思考停止するのは楽である。東京五輪の理念の一つは「互いを認め合おう」だと聞いた。ならば言論の作法くらい、今から正しておきたい。 
    −−「日曜に想う:ヘイトスピーチ、聞き流すのではなく 特別編集委員・冨永格」、『朝日新聞』2014年10月19日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11409694.html





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