覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 異議唱えぬ日本の若者=山田昌弘」、『毎日新聞]2014年10月22日(水)付。

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くらしの明日
私の社会保障
異議唱えぬ日本の若者
香港の民主化運動、対照的な熱気
山田正宏 中央大教授

 現在、大学から在外研究の機会を与えられ、香港に滞在中である。日本でも報道されているように、当地では普通選挙を求める民主化運動が活発化し、9月末より学生を中心とした若者が政府庁舎前の道路で座り込みを続けている。昼間に何度か現場に足を運んでみたが、一時帰宅か、学校や仕事に行っている人が多いのか、思いのほか落ち着いていた。暴力的な雰囲気はなく、活動家の話を聞く人や、黙々と普通選挙の願いを紙に書いている若者たちをみると、静かな熱気を感じることができた。
 原稿執筆時点では、動向は予断を許さないが、中国政府が譲歩して民主化要求を認めることはまずないと言われている。しかし、香港の将来を担う若者たちが、自分たちの社会を自由で民主的なものに変えていきたいという意思を言葉や行動ではっきり示したことは、香港の将来にとって大きな意味を持つことだと感じている。
 ひるがえって、日本の若者はどうだろう。以前、ある学生新聞の記者が、高騰する大学授業料に関する意見を私に求めてきた。「私が学生の頃は、学生自治会が大学で授業料値上げに反対のデモやストライキをやっていた」と昔話をしたら、「そんなことをして、就職にひびかないんですか?」と言われたことがある。
 また、地域社会に貢献したいと政治家を目指す若者と話した時、「つきあっている彼女から、一流大学を出て一流企業に就職できるのに、なぜそれを蹴って不安定な政治家を目指すのかと言われ、困っている」と聞いたことがある。
 社会に異議申し立てすることを「自分にとって不利益になる恐れがあるから」と、控えるのである。今年発表された内閣府の若者の意識に関する国際比較調査でも、「社会現象が変えられるかもしれない」と回答した日本の若者は、調査7カ国中最低の30%だった。
 人と違う意見を言うのを避ける傾向も若者の間に広がっている。「権威に疑問を持ち、社会を変えるエネルギーを持つ存在」という若者の定義は、もう日本では当てはまらない。
 「自分が多少不利益を被っても、社会を良い方向に変えるために行動したい」という若い人が多い社会と、「どうせ何をしても社会は良くならない」と権威に従って自分の利益だけを考える若い人が多い社会とでは、どちらが活性化するかは明らかである。もう香港は、一人当り国内総生産(GNP)で日本を上回っている。これからどんどん引き離していくにちがいない。従順でおとなしい若者が増えたと、日本の大人たちは喜んでいてよいのだろうか?
内閣府の若者意識調査 内閣府の2014年版「子ども・若者白書」では、日本、米、仏など7カ国の13〜29歳の男女を対象に、人生観や社会参加についての意識を調査。「社会の問題に関与したい」などの項目で、日本の若者の意識は諸外国の若者と比べて押す大敵に低い結果だった。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 異議唱えぬ日本の若者=山田昌弘」、『毎日新聞]2014年10月22日(水)付。

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