覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『ルポ 医療犯罪』=出河雅彦・著」、『毎日新聞』2014年11月02日(日)付。

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今週の本棚:村上陽一郎・評 『ルポ 医療犯罪』=出河雅彦・著
毎日新聞 2014年11月02日 東京朝刊
 
 (朝日新書・929円)

 ◇被害者の切実な思いに応える綿密な取材

 かつて好著『ルポ 医療事故』(朝日新書)を世に問うた著者の、引き続きの力作である。扱われる主題は、いずれも新聞紙上に報じられた出来事であって、中でも非常に多くのページが割かれているのは二つ、奈良で起きた、生活保護を受けている人々を患者として受け入れていたある病院(書上は実名)の事件と、レーシック手術専門の病院(これも書上では実名)で多発した院内感染症患者の事件である。そのほかには、歯科で流行するインプラント施術に際して死亡事故があった事例、それに、何度も同じようなミスを繰り返す医師(本書では「リピーター医師」と表現されている)の問題などが扱われる。

 いずれも、様々な対象組織への執拗(しつよう)な文書の開示要求や、丹念な当事者の聞き取り調査、あるいは、進行する裁判の継続的な傍聴取材など、記者として「当たり前」のことのはずだとはいえ、今起こっている幾つかの新聞を巡る問題を振り返れば、それが「当たり前」でなくなっている惧(おそ)れがあるなかで、文字通り、読む側も息苦しくなるほどの、徹底した課題への取り組みが、そのまま伝わってくる。

 評者自身、医療事故に関心を持ち続けているが、本書で学んだことも数多い。例えば、病院内で、入院患者に医師が書く(今は、手書きはほとんどないだろうが)処方箋は、厚生労働省の解釈では、実は処方箋ではなく、単なるメモに過ぎない、ということなどは、読んでいて、いささか茫然(ぼうぜん)とした。これは、本書の最後に扱われている事例に関することで、虎の門病院で発生した、研修医による調剤ミス(ある抗がん剤の一日の上限量を、別の薬品のものと読み誤り、その結果、正しい用量の五倍に当たる量を処方し、患者が亡くなるという事故)の裁判のなかで、司法が処方箋と事実上認めたことによって、少なくとも法例上改められたことになるようだが、厚生労働省の立場は医師法上、処方箋は患者に手渡されるものとされており、院内処方箋は、そうではないからだ、というのだそうだ。些末(さまつ)なことのようだが、こんなことも、こうしたルポがあって初めて浮き彫りになる。

 著者が最も力を入れているのは、一つは奈良の事件で、ここでは、生活保護者の医療費が、自治体によって全額保証されることを盾にとって、奈良以外の自治体から、医療機関が退院を勧める患者をどんどん受け入れ、彼らに根拠なく心疾患の診断を下して、高度な検査や、健保点数の高い施術を行い、あまつさえ、経験のない肝臓の手術を行って術後に患者が死亡するなど、およそ常識では考えられないような乱脈な「医療行為」を重ねていた事例である。

 他の事例も、結局は司法の手に委ねられることになるほどの問題であって、もとより、例外的なもの、と考えたいが、著者は構造上の問題(例えば、処方上問題があったときにチェックが自動的にかかるシステムの功罪など)がないわけではないことにも目を向けている。

 著者とて、医療の過誤(らしきもの)に、直ちに警察や検察が介入することを、良しとしているわけではない。また、これまでの医療裁判の結果から、検察は、立件に対してかなり慎重な態度をとっている様子がうかがえる。

 ただ、被害に遭った立場からは、自分ないし身内が受けた被害を二度と繰り返してほしくない、という切実な思いだけは尊重してほしいと願うし、そのためにも、こうした事例が世に晒(さら)されることの意味は大きいと思う。
    −−「今週の本棚:村上陽一郎・評 『ルポ 医療犯罪』=出河雅彦・著」、『毎日新聞』2014年11月02日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141102ddm015070021000c.html





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ルポ 医療犯罪 (朝日新書)
出河雅彦
朝日新聞出版 (2014-09-12)
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