覚え書:「書評:少し湿った場所 稲葉 真弓 著」、『東京新聞』2014年11月16日(日)付。

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少し湿った場所 稲葉 真弓 著

2014年11月16日
 
◆創作の裏側あらわに
[評者]伊藤氏貴=文芸評論家
 二八〇ページに収まる「全人生」とは、あまりに短くはないか。しかし、今年八月に稲葉が本書の「あとがき」にそう記したときには既に覚悟があったのだろう。翌月を待たずに膵臓癌(すいぞうがん)で逝ってしまった。
 二十三歳でのデビューは決して遅くないが、その後ヒットに恵まれたとは言えず、長い寡作の時期を過ごしていたところ、ここ数年「海松」「半島へ」などで一気に花開いたように思われた。どちらも老境にさしかかった独身女性の私小説的作品だったが、本書はさらにその舞台裏をも覗(のぞ)くことのできるエッセイ集である。故郷の思い出から死の少し前までの稲葉の想(おも)いがぎっしりと詰まっている。
 たとえば、エッセイならではのざっくばらんな打ち明け話。収録されている中でもっとも最近書かれたのは、苦しい時期に覆面作家として男の性に媚(こ)びる作品で糊口(ここう)をしのいでいたことについてで、その覆面を自ら引き剥(は)いでみせた。
 あるいは、今後小説の中に昇華されたであろう逸話もある。愛猫のあとを四つん這(ば)いで必死に追いかける様は、「半島へ」の後にひっそりと老いゆく女性の微笑(ほほえ)むべき姿として、小説の一場面としても読んでみたかった。しかし、それも今やかなわぬ願いだ。稲葉は、自身が愛猫の死から立ち直るきっかけとなったという「スターバト・マーテル」の代わりに、本書をわれわれに残していった。
 (幻戯書房・2484円)
 いなば・まゆみ 1950〜2014年。小説家。著書『エンドレス・ワルツ』など。
◆もう1冊 
 稲葉真弓著『千年の恋人たち』(河出書房新社)。夫が失踪したあと、残された妻はどう生きたかを描いた物語。
    −−「書評:少し湿った場所 稲葉 真弓 著」、『東京新聞』2014年11月16日(日)付。

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