覚え書:「書評:精神病者はなにを創造したのか ハンス・プリンツホルン 著」、『東京新聞』2014年11月16日(日)付。


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精神病者はなにを創造したのか ハンス・プリンツホルン 著

2014年11月16日
 
◆絶対を追求する努力の跡
[評者]中村隆夫=美術評論家
 本書には、ドイツ・ハイデルベルク大学付属病院の精神科のコレクションの総数約四百五十人の五千点以上の作品を基に、精神疾患者たちの創造行為の意義を心理学的アプローチにより観察・分析した成果が収められている。
 最も魅力的に思われたのは宗教的幻想である。作品のすべてがすばらしいとは言えないが、彼らのテキストにすばらしい驚きがあった。彼らの幻想には啓示や天啓などに結びついていると思われるものがある。それには二通りの解釈があり、単なる偶然の結果によるもの、あるいは「直感的に見て取った永遠の光景」として考えられるものである。もうひとつ魅力的だったのは性的幻想で、それが両性具有となってイメージに現れ、宗教的幻想と組み合わされたものもある。彼らは「人間の根源的現象と執拗(しつよう)に格闘」し、「ほとんど例外なく絶対を追求する努力」をしている。
 精神疾患者の作品にはプリミティブ芸術、幻想的宗教芸術、ドイツ表現主義の作品に類似したものが多く見られる。しかし著者が指摘するように、ある画家と精神疾患者が同じような作品を描いたからといって、その画家が精神疾患者だと言えないのと同じように、イメージの類似性だけで共通性を論じるのは短絡的過ぎる。精神疾患者の世界感情の根底には世界に対する疎外や断絶があるのに対して、健常者たちは世界に向けて開かれ、願望を実現していこうとする。したがって表現行為そのものの姿勢が根本的に異なる。
 著者は狂気が天才を生むのではないと断言しているが、精神疾患者の世界感情に惹(ひ)かれるのは、「合理主義からの救済」を求めるからであると書いている。一九二二年に原著が出版された本書の意義は、単にアール・ブリュットアウトサイダー・アートに影響を与えたということだけではない。さらなる合理主義に脅かされている現代人にとって、本書は自らを解き放つための水先案内人でもある。
(林晶、ティル・ファンゴア訳、ミネルヴァ書房・8640円)
 Hans Prinzhorn 1886〜1933年。ドイツの精神科医・美術史家。
◆もう1冊 
 巖谷國士著『シュルレアリスムとは何か』(ちくま学芸文庫)。超現実主義と訳される思想と運動について、広い視野で自在に解説。
    −−「書評:精神病者はなにを創造したのか ハンス・プリンツホルン 著」、『東京新聞』2014年11月16日(日)付。

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