覚え書:「2014衆院選:何のための選挙か 荻上チキさん、ジェームス三木さん、五味太郎さん」、『朝日新聞』2014年11月20日(木)付。

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2014衆院選:何のための選挙か 荻上チキさん、ジェームス三木さん、五味太郎さん
2014年11月20日

 ふってわいたような師走の選挙。そもそもこの選挙は何のためなのか。私たちはどう向き合えばいいのか、考えた。

 ■貧困のリアル、考える期間 荻上チキさん(評論家)

 今月初め、首相官邸で消費増税について意見を言う機会がありました。内閣府から突然メールが届いたんです。点検会合を開くから来てくれ、と。私は「8%への増税低所得者にすでに大きな影響が出ている。まずは貧困対策をとるべきだ」と反対論を述べました。だから増税先送りには大賛成です。

 ただ、この決断について国民に信を問うべく解散する、という説明には違和感がある。先送りには野党も賛成ですから、争点にはなり得ません。国民の声に耳を傾けるべきは、むしろ集団的自衛権特定秘密保護法の問題でしょう。国の将来に大きな影響があるわけですから。

 とはいえ、「解散に大義があるか」「何のための選挙か」と批判していても、選挙は行われます。与党が自己都合で選挙時期を決め、基盤を固めようというのは常套(じょうとう)手段。それが政治のリアリズムです。

 実際、いま選挙するのが自民党にはベストなんでしょう。アベノミクスで株価は上がり、円高も是正された。自民党批判票の受け皿になる強力な野党も見当たらない。争点のぼやけた選挙に有権者は無関心だろうし、いまのうちに選挙をするのが得策だ、という計算です。投票率の低い選挙で有利なのは、組織票を持つ自公ですから。

 問題は、選挙後のこの国の行方でしょうね。これまで安倍晋三首相は経済政策を最優先し、本当はやりたい改憲や教育改革を、これでも自制していた節がある。選挙で勝てば、いよいよ「信任を得た」というストーリーで押し通していく可能性もあります。そのとき野党が歯止めをかけられるか、心もとない。野党の意義が問われています。

 それでも私は、選挙運動の12日間には意味があると思う。永田町ではわからない暮らしの実情に、政治家たちが肌身で触れるからです。人々の生の声、街の声が議員に直接届く。

 増税による景気の停滞は、貧困層を直撃しています。個人が努力すれば何とかなるという「努力原理主義」では、もはやどうにもならない。手を打たないと、もたなくなっている。

 官邸の点検会合で、いろんなかたのお話を聞いて見えてきたことがあります。立場も意見も様々でしたが、アベノミクスには再分配政策が決定的に欠けていた、という一点については、多くが一致していた。その弱点が、8%への消費増税によってあらわになったのです。

 野党もそこにプレッシャーをかけてほしい。安倍政権は地方創生や女性の活躍を重点目標に掲げていますが、女性支援や弱者への再分配を強めなければ、貧困はさらに広がり、少子化も進んで国力が低下するのは間違いありません。与野党問わず、選挙を通じてもっと貧困のリアリズムを考えてほしいのです。

 (聞き手・萩一晶)

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 81年生まれ。言論サイト「シノドス」編集長。ラジオパーソナリティー。著書に「ネットいじめ」「未来をつくる権利」、共著に「夜の経済学」など。

 ■「生きる楽しみ」を想像して ジェームス三木さん(脚本家)

 「解散・総選挙」はとにかく唐突感がありました。議会と内閣は対立していない。最高裁違憲状態と判断した「一票の格差」の抜本是正と議員定数削減も手つかずの状態です。

 何のための解散か。僕は問題を先送りし、政権の延命を図る「モラトリアム解散」と位置づけています。沖縄の米軍基地移設、財政赤字、恩恵が行き渡らないアベノミクスなど諸問題は悪化していく気配を示しています。さらに不祥事で閣僚2人が辞任しました。与党が総選挙で勝利すれば「不都合をいったん白紙化できる」と考えたのではないかと、僕は疑っています。

 僕がうたぐり深いのは、10歳の時に旧満州で敗戦を迎え、両親と弟と必死で逃げたからです。「いざというときに国家は国民を守らない」という現実が、考え、判断する際の土台です。ただ、疑うことを知る戦争体験世代は減ってきています。

 1991年に初演した芝居「安楽兵舎V.S.O.P.」では、70歳以上でないと自衛隊に入隊できない仮想の近未来を描きました。食事も医療も行き届いた「安楽兵舎」で老自衛隊員たちは何不自由なく暮らしていたが、突然「国際貢献」で紛争地域に行くよう命じられます。背後に各国政府による高齢者抹殺の陰謀があった、という筋書きです。断りましたが、少し前に「映画化したい」という要望が寄せられました。当時よりも現実が深刻化しているからかもしれません。

 世代を超えて今、最も大切にすべきだと思うのは、生きる楽しみが奪われない社会にしなければいけないということです。

 楽しみとは何か。それは想像をたくましくすることです。種をまいた人は花が咲く前に、「どんな花が咲くのだろう」と想像して楽しみます。離婚した人は「次はどんな人とめぐり合えるのだろう」と再婚まで楽しめます。自由に想像して考えるとき、人間は楽しいのです。

 でも、天気予報は時間帯ごとの推移を細かく伝え、空を見て考える楽しみが失われた。スポーツ番組では専門家が感想を全て話してしまう。至れり尽くせりですが、つくづく考えさせない時代だと思う。だから、何も考えずに介護施設を建てるだけでなく、国民の生きる楽しみとは何かを真面目に考える、想像力豊かな政治家に出てきてほしいですね。有権者は為政者を徹底的に疑い、借り物でない言葉で考えてほしいと思います。

 たとえわずかでも変わる可能性がありますから、選挙には必ず行きます。ただ、投票所までの道すがら、週末は休みなのに選挙だと店を開けるブティックがあるんです。妻がそこで買い物をしたがる。「今年はどうやって阻止しようか」。そんなことを今からあれこれ想像して、ドキドキしているんですよ。

 (聞き手・古屋聡一)

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 35年生まれ。歌手を経て脚本家に。日本国憲法の成立過程を描いた「真珠の首飾り」や「安楽兵舎V.S.O.P.」など憲法や戦争をテーマにした作品も多い。

 ■「政治業界」に幸せ委ねるな 五味太郎さん(絵本作家)

 「業界」って色々あるよね。電気業界とか自動車業界とか。「政治」もそういう業界の一つに過ぎない、という認識が、みんな無さ過ぎるんじゃないか。

 どの業界も「自分たちの仕事や製品は世の中のために役立つ」とか一生懸命宣伝するけれど、本音では自分の業界が盛り上がるのが一番大事。政治の業界も同じだよ。安倍首相や麻生副総理は、「自民党」という政治業界の老舗の後継ぎだ。先代から店を継いだけど、一度は政権を失った。もうミスはできない、何としてでも老舗を守る、という情熱はすごいよね。

 そう考えると「解散・総選挙」っていうのも、おれたち「民(たみ)」のことを考えてやっているわけではなくて、「株主総会みたいな、業界の事情で行われるイベント」という本質が見えてくる。別に毎回おつきあいする必要はないと思うな。

 政治という業界の仕事は、税金を使って社会生活と産業の基盤、つまりインフラを整備することだ。道路を造ったり電気を通したり国の安全を守ったりして、おれたち個々人ががんばれる環境を整える。その点、自民党はよくやってきたと思うよ。

 ただ、勘違いしちゃいけないのは、政治は民を幸せにする業界じゃないってこと。それは個々人が自分でやるしかない。だけど時々、子どもっぽい政治家が「私はみんなの幸せを考えている」なんて言い出す。安倍首相にはどうもそういう面があるね。民の側も、政治がよくなれば自分たちも幸せになれると思っている節がある。他の業界にはそんなお願いしないのにな。

 もう一つの勘違いは、政治が「民」までも国家を維持するためのインフラと捉えてしまうこと。分かりやすい例が少子化対策だよ。「子どもを産む」という最も個人的な問題に政治が口を挟めば、「税金を納める人が減ると困るから、どんどん赤ちゃんを産んで」ということになりかねない。赤ちゃんまで国家のインフラ化するっていうひどい話なんだけど、そのことへの反発が、民の側からほとんど出ないことには驚いたな。

 多分、多くの民が「社会の駒で構わないから、自分の居場所が欲しい」と必死で、自分自身を進んでインフラ化しようとしているんだろう。切ないよね。だけど、それは個人としての成熟が止まっちゃっている、ということでもある。

 人間を生物として捉えれば結局、「生きている間にいかに充足感を味わうか」という勝負しかないし、そのためには個人としての自分を大切にするしかない。政治に自らの幸せを委ねず、個人の領域に政治が踏み込んできたら「恥を知れ」と追い返す。民がそこまで成熟すれば、選挙なんてやるよりも、政治はずっと大きく変わるよ。

 (聞き手・太田啓之)

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 45年生まれ。広告、工業デザインを経て絵本作家に。400冊以上の作品がある。代表作に「きんぎょがにげた」「正しい暮し方読本」「ことわざ絵本」など。
    −−「2014衆院選:何のための選挙か 荻上チキさん、ジェームス三木さん、五味太郎さん」、『朝日新聞』2014年11月20日(木)付。

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