覚え書:「今週の本棚・この3冊:宮崎駿=小島潔・選」、『毎日新聞』2014年11月23日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:宮崎駿=小島潔・選
毎日新聞 2014年11月23日 東京朝刊

 <1>風の帰る場所(宮崎駿著/ロッキング・オン/1728円)

 <2>ブラッカムの爆撃機(ロバート・ウェストール著、宮崎駿編、金原瑞人訳/岩波書店/1728円)

 <3>シュナの旅宮崎駿著/アニメージュ文庫/484円)

 『風の帰る場所』正続2冊には1990年から2013年までの20年以上にわたるインタヴューが収められている。聞き手はすべて渋谷陽一(「続」所収の83年と84年のインタヴューは別)。渋谷は一貫して控えめで、読者は宮崎駿とのおしゃべりを心ゆくまで楽しめる。宮崎の言葉には、人をぎょっとさせるくらいリアルな力があって、それはこの人が、本当によく自分の仕事に仕えることから獲得した洞察力だということが、はっきりと納得できる。

 人は仕事を通してしか世界に具体的にかかわることができないし、具体的な力に満ちた言葉を獲得することもできない。コンピュータばかりを相手にした労働、細切れの時間管理の下での労働では、仕事は抽象的になり、言葉も思考も抽象的にならざるをえない。こうして誰もが白昼夢を生きているような時代に、宮崎は一人目覚めている。だからいつも怒っているのだ。

 同時にこの本は、宮崎の作品を貫くテーマが「よく生きる」ことにあることも教えてくれる。宮崎は自分の仕事に力の限り仕えることで、もっと遠くにあるもっと大きなものに仕えようとしている。だからこの成功に次ぐ成功の20年間のインタヴューのどこにも、満足の気配がない。

 そんな宮崎が大切に育んでいる「稚気」がメカニックへの愛であることは周知のとおり。メカニックは少年にとって芸術と科学の夢そのものだ。『ブラッカムの爆撃機』の中に、宮崎は「よく生きる」というテーマがメカニックへの愛と結びついた、たぐい稀(まれ)な世界を見出(みいだ)したのだと思う。これは反戦児童文学の傑作だが、反戦とは声高な主張ではなく、自分が人殺しになることを、手で触(さわ)れるくらいリアルに実感することから生まれる思いだということを、この作品は教えている。

 『シュナの旅』は、映画「風の谷のナウシカ」の封切り前年に書かれたオールカラーの短編漫画。今では誰も顧みなくなった「よく生きる」という古風な価値を子どもたちに伝えるために、これほどまでに美しいイメージと、大胆な想像力や仕掛けが必要とされる時代になったのだ。

 突拍子もない連想だが、宮崎の言葉に接して私がいつも思うのは、『子どもの図書館』を書いた石井桃子と『育児の百科』の松田道雄だ。目の前の仕事に専心仕えることでリアリスティックな洞察力を獲得した「思想家」の血脈に、宮崎駿は間違いなく連なっている。
    ーー「今週の本棚・この3冊:宮崎駿=小島潔・選」、『毎日新聞』2014年11月23日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141123ddm015070012000c.html






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