覚え書:「書評:人喰いの社会史 弘末 雅士 著」、『東京新聞』2014年12月14日(日)付。

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人喰いの社会史 弘末 雅士 著

2014年12月14日
 
◆風聞が果たした役割
[評者]川上隆志専修大教授
 共喰(ともぐ)いと近親相姦(そうかん)は人類の二大タブーだ。それゆえに多くの人の興味を駆り立ててもきた。残虐に人を殺し、その肉を食べる。本書は人喰い風聞の成立と社会的役割をインドネシアスマトラの事例を中心に歴史の文脈でとらえ直した。
 キーワードは港市(こうし)である。港市とは風待ちや交易のための港町が発達し、海上と内陸の交易の結節点となった都市。海外勢力との窓口であると同時に、香木や香辛料などの貴重な産地を後背地に持つ。その後背地や周辺海域に、野蛮な奇習を持つ者が住むという噂(うわさ)が形成された。実は港市支配者たちが異邦人を遠ざけ交易を独占する手段として内陸民の人喰い話を来訪者に信じ込ませたのだ。しかし外来者と後背地住民が直接接触しはじめると食人風聞は意味をなくし、植民地体制が確立すると完全に消滅した。
 だが二十世紀後半、一度は忘却された人喰い話がツーリズムで甦(よみがえ)る。観光資源として過去の伝統が愉快に語られ、処刑地跡を訪ね歩くツアーが人気となる。それは文化的価値観の多様性を認め合う社会が形成されてきたからであるという。
 語りによるイメージの形成とその歴史の意味を実証的に明らかにした好著。ところで今「イスラム国」による欧米人の残虐な処刑がネット上で流れ、世界を震撼(しんかん)させているが、これも人喰い神話の伝播(でんぱ)と一脈通じるところがあるのだろうか。
 (山川出版社・2808円)
 ひろすえ・まさし 1952年生まれ。立教大教授。著書『東南アジアの建国神話』。
◆もう1冊 
 J・アタリ著『カニバリスムの秩序』(金塚貞文訳・みすず書房)。人肉食の風習をキリスト教や医療に敷衍(ふえん)した論集。
    −−「書評:人喰いの社会史 弘末 雅士 著」、『東京新聞』2014年12月14日(日)付。

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