覚え書:「精神科病院を考える:上 回復は社会生活の中で ロベルト・メッツィーナさん」、『朝日新聞』2014年12月16日(火)付。

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精神科病院を考える:上 回復は社会生活の中で ロベルト・メッツィーナさん
2014年12月16日

 心を病んだ人、認知症の人などが入院する精神科の病床(ベッド)は日本では34万床あります。それが世界で飛び抜けて多いことを知っていますか。対照的なのがイタリアです。世界に先駆けて、大半を占めた県立の精神科病院を閉鎖し、地域で患者を支援する改革を実施しました。なかでもモデルとされるのが同国のトリエステ県。そこで精神保健局長を務めるロベルト・メッツィーナさん(61)が来日したのを機に、話を聞きました。

 ■病院なくし地域で患者支援

 ――イタリアではなぜ大半の精神科病院が廃止されたのですか。

 「精神障害者にとっての回復とは、単に症状をなくすことではなく、社会の中に戻って人生を取り戻すことです。狭い意味での治療や治癒とは違います。しかし、入院施設のある精神科病院はドアが閉ざされていて、規則があります。病院があると、どうしても入院という形をとり、人々の個人性、主体性を奪ってしまいます。精神科病院はシステムとしてそうならざるをえない存在。だから閉鎖されたのです」

 ――日本では、退院が進まない理由に「本人や家族が望まない」「地域に受け入れ先がない」と話す医師が少なくありません。

 「受動的存在となっている『患者』は、その役割から出ること自体を恐ろしく感じます。患者や家族がほかの選択肢や可能性を知らないまま『どうしたいか』と尋ね、『病院にいたい』という答えを引き出しても、意思を尊重していることにはなりません」

 「人間は社会的な動物です。真空の中に病気だけがあるという考え方は間違いです。社会的な関係性の中で、病気が進行したり、回復したりする。調子がよくなるために必要なことは、仕事をする、猫を飼う、友人をもつ、など人によって違う。それが何かを見つけるのを助けるのが私たちの仕事です。地域精神保健センターでは薬物療法もしますが、ニーズを聞きながら社会的な関係性を取り戻すという総合的な対応をします。入院は、回復に必要な環境や支援の幅を狭めるものです」

 ――病床はゼロですか。

 「トリエステ県では24時間オープンの地域精神保健センターに26床と、地域の総合病院にある6床の計32床があります。休憩が必要なとき、あるいは急性期の対応に使いますが、使用率は約7割、入院は長くて2週間です」

 ――患者は手がつけられないほどの危機的な状況になることもあります。

 「強制的な介入は他に方法がないときの最終手段。極めて少なく年約20件です。強制的といっても、緊急対応の病床でも部屋に鍵はかからないし、隔離室もありません。拘束もしません。出て行こうと思えば出て行ける。スタッフがコーヒーを勧めたり、ママに電話をかけるから話してと頼んだりしてその場にとどまってもらい、時間をかけて治療を受けるよう説得します」

 「危機的な状況に陥って治療を拒否するとき、力ずくで収容したり治療したりすれば、対立関係が固定化します。危機的なときこそ信頼関係をつくるチャンス。『あなたには何が必要ですか』と問い、一緒になって考えます。本人の声や意見を聞くことが大切です。すると患者は信頼を寄せてくれる。信頼関係があってやっと薬を使えます」

 「もともと家族も含めて当事者とよく話し合っているので、それほどの危機的状況にはならない場合が多いといえます」

 ――精神科病床が世界一多い日本へのメッセージはありますか。

 「精神科病院という場所があると、『入院しているあの人たちは危険だ』という意識が社会で再生され、承認されていくことになります。いま世界は精神科病院を減らしたり、閉鎖したりする方向です。日本の精神科病院は9割が民間と聞きました。病院の役割を、患者の入院だけでなく、地域の拠点として地域のニーズに対応するという仕組みに変えればいいのではないかと思います」

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 トリエステ県(イタリア)精神保健局長 精神科医。78年、トリエステ精神科病院に赴任。病院の脱施設化に尽力した。09年から世界保健機関(WHO)精神保健調査研修協働センター長。

 ■リハビリ・職場確保、24時間の万全態勢

 イタリアでは1978年に精神科病院の新設、新たな入院を禁止する法律が成立した。患者の拘束など入院の実態が人権的にも医療的にも問題があるとの批判の高まりと、先進的な取り組みをしていた一部で症状が重くても地域で支える実践ができていたことが背景にある。

 99年までにすべての県立精神科病院が閉鎖された。かつての入院患者12万人が自宅やグループホーム、ふつうのアパートで暮らすようになった。法務省管轄の司法精神科病院(1200床)と強制治療・入院が許されない民間精神科病院(4千床)以外の病床は原則なくなった。

 トリエステ県(人口24万5千人)では、80年に1200人収容の精神科病院を完全に閉鎖。患者は、365日24時間開いている四つの地域精神保健センターで、治療やリハビリ、生活支援を受ける。住居や職場の確保はセンターと契約を結んだ社会生活協同組合が支援する。診療も含む精神保健サービスの利用者は年5千人。病院時代の医師・看護師らスタッフは570人だったが、現在は210人に減り、医療コストは約4割減った。

 トリエステの実践は、世界保健機関から世界的なモデルと認められ、各国に広められている。

 (編集委員・大久保真紀) 
    −−「精神科病院を考える:上 回復は社会生活の中で ロベルト・メッツィーナさん」、『朝日新聞』2014年12月16日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11508693.html





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