覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『コーポレート・ガバナンス』=花崎正晴・著」、『毎日新聞』2014年12月21日(日)付。


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今週の本棚:大竹文雄・評 『コーポレート・ガバナンス』=花崎正晴・著
毎日新聞 2014年12月21日 東京朝刊

 (岩波新書・799円)

 ◇株主利益と社会的責任をどう両立させるか

 あなたがお金を払って、人に仕事を頼んだとしよう。頼まれた人はあなたの望み通りの仕事をしてくれるだろうか。手を抜いたりしないだろうか。あなたの思いと違う物を作ってしまわないだろうか。

 このように代理人依頼人の望み通りの行動をしないことをエージェンシー問題と言う。常に監視するか、事細かに仕様書を作っておけば、そういう心配はしなくてもいい。しかし、時間とお金がかかってしまう。

 株式会社では、企業の所有者は株主であるが、株主は企業経営を経営者に依頼している。株主は配当を最大にしてほしいが、経営者は利益度外視でいい製品を作りたいとか、多くの従業員を雇いたいということを目的にするかもしれない。企業の所有者や利害関係者が、企業経営者に望み通りの経営をさせるための仕組みがコーポレート・ガバナンスと呼ばれるものだ。

 本書では、米国型ガバナンス、日本型ガバナンス、日本の銀行のガバナンス、東アジア企業のガバナンス、そしてコーポレート・ガバナンスの将来像が、著者自身の研究結果をもとに解説されている。

 米国では、株主の利益を最大にするために、社外取締役を利用した株主による経営者のモニタリング、経営者の報酬を企業業績に連動するインセンティブ・スキーム、敵対的買収や委任状争奪戦などが導入されている。これに対し、日本では高度成長期を中心として、株主主権に基づくコーポレート・ガバナンスが機能してこなかった。株式の持ち合いなどによる安定株主対策が行われていたからだ。株主主権によるコーポレート・ガバナンスを補ってきたのが、メインバンクによる企業のモニタリングだというのが、経済学の通説だ。メインバンクは、企業への貸し出しを通じて、普段から企業の経営内容をモニタリングしており、それが経営効率を高めるとともに、経営が悪化した時は改善策を講じ企業を再建してきたと考えられてきた。

 著者の花崎氏による実証分析の結果は、この通説と全く逆である。日本の製造業の経営効率の高さは、メインバンクの有無とは関係がないのである。では、なぜ日本の製造業の生産効率が高かったのだろうか。著者の分析結果は明確だ。製品市場が競争的環境にあるかどうかが、企業の効率性を決める。海外との競争に直面していることも重要である。

 この結果は意外に思えるかもしれない。しかし、競争の程度が低い非製造業では競争によるコーポレート・ガバナンスが効きにくいという実証結果は納得できるだろう。日本の金融機関の貸出先は、製造業から非製造業に移ってきたが、もともと金融機関のガバナンス能力が高くなかったため、非製造業の効率性上昇に結びつかなかった。著者によれば金融機関に対するガバナンスも弱かったという。これが、バブル発生と崩壊とその後の経済停滞の背景にあるという著者の指摘は説得的だ。

 今後のコーポレート・ガバナンスは難しい課題を抱えている。企業の目的は、株主利益の最大化だけではなく、企業活動の外部性を通じた社会への責任をもつことにもある。そうすると、コーポレート・ガバナンスは、複数の目的を考えた上で、総合的な効率性を高めるような方向を模索する必要がある。社会的責任投資はその動きの一つだ。

 しばしば耳にするが、実は分かりにくいコーポレート・ガバナンスという言葉の意味を深く理解させてくれる本だ。
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『コーポレート・ガバナンス』=花崎正晴・著」、『毎日新聞』2014年12月21日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141221ddm015070018000c.html










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花崎 正晴
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