覚え書:「原発事故の賠償、負担分配再考を 大佛論壇賞を受けて 遠藤典子」、『朝日新聞』2014年12月24日(水)付。


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原発事故の賠償、負担分配再考を 大佛論壇賞を受けて 遠藤典子
2014年12月24日

 原子力施設で破局的な事故が発生したとき、その巨額の損害賠償は誰がどのように負担すべきだろうか。今回受賞した『原子力損害賠償制度の研究』で描きたかったのは、日本の行政の裁量性の功罪である。

 日本では半世紀以上もの間、原子力事業者が「無限責任」を負う一方、国の責任のあり方については「援助」とあいまいにされた原子力損害賠償制度が維持されてきた。原子力発電所において破局的事故は起こりえないという妄信から、検証が見送られてきたのである。そして、福島原発事故は起きた。

 今回、関係省庁の幹部はそれぞれの政策的蓄積を生かし、わずか1カ月半あまりで原子力損害賠償法を補う支援機構制度を作り上げた。国の関与をあいまいにした法の不備を逆手にとって、機動的に緊急策をこしらえたとも言えよう。

 本書はこの支援機構制度の効用を評価している。法律的整合性と経済的合理性をともに備え、かつ政治的・社会的リアリズムから遊離しないという制約の中から突破口を見いだし、有用な政策形成を行うという、本来期待されているところの行政機能が、未曽有の危機において発揮されたと考えるからである。

 しかし、あくまでそれは緊急策としての評価に過ぎない。福島原発事故から3年9カ月が経過し、損害賠償、除染、廃炉の総費用が、当初の3兆〜5兆円規模から15兆円をはるかに超える規模に拡大しかねず、支援機構制度の持続可能性に懸念が生じている。

 突き詰めれば、破局原発事故の損害賠償資金は、(1)事故を起こした原子力事業者、(2)その事業者から電力供給を受ける電気利用者(受益者負担)、(3)その他原子力事業者(相互扶助)、(4)規制・振興を司(つかさど)る国、のいずれかの負担の分配に帰結する。原子力事業者には債権者、株主、従業員といった利害関係者が存在し、国による公的資金の財源は税金である。

 原子力損害賠償制度は、この負担の分配について、再度検討されるべき時期を迎えている。それはようやく再開された原子力政策議論の欠くことのできないパーツでもある。

 米法学者のキャス・サンスティーンは著書のなかで、人々は破局的リスクに対して「過剰な反応」と「完全な無視」という正反対の反応を示すことを指摘している。そのどちらをも極力排除した、国民的議論を喚起していきたい。

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 えんどう・のりこ 1968年生まれ。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員。専門はエネルギー政策。京都大学大学院博士課程修了。経済誌副編集長などのジャーナリスト活動を経て、2013年から現職。 
    −−「原発事故の賠償、負担分配再考を 大佛論壇賞を受けて 遠藤典子」、『朝日新聞』2014年12月24日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11522275.html




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