覚え書:「『劇団こまつ座』と戦後70年:井上ひさしに見る平和 今も世相映し輝き放つ」、『毎日新聞』2014年12月29日(月)付。

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「劇団こまつ座」と戦後70年:井上ひさしに見る平和 今も世相映し輝き放つ
毎日新聞 2014年12月29日 東京朝刊

(写真キャプション)舞台「父と暮せば」の一場面。広島の原爆で被災した父親を演じる辻萬長(左)とその娘を演じる栗田桃子=谷古宇正彦撮影


 戦後日本を代表する放送作家、小説家、劇作家として活躍した井上ひさしが世を去って4年。そのマルチな才能は、市井の人々に向けられた。平和な暮らしの大切さをうたった作品の数々は現在の世相を照射して、ますます輝きを放っている。戦後70年を迎える2015年も、井上戯曲を上演する劇団こまつ座を中心に多くの作品が舞台化、映画化される予定だ。

 ◇上京後の自身を投影

 井上戯曲の公演第1弾が、ある検校(けんぎょう)の壮絶な一生を描いた舞台「藪原検校」(東京・世田谷パブリックシアター、2月23日−3月20日)だ。井上の初期に執筆された作品(1973年)で、盲目の男が殺人や非道な取り立てを重ねて権力をつかむピカレスク(悪漢)もの。障害や劣等感をはねのけて突き進む生のエネルギーが描かれている。

 山形出身の井上が上京後、方言に劣等感を抱いた自身の姿を投影した作品は数多い。初期戯曲には「雨」(76年)など、負のエネルギーをはね返して生きる人間が数多く描かれ、厳しい貧困の中で育った井上の前半生と重なる。

 2012年の野村萬斎主演「藪原検校」公演(栗山民也演出)は、萬斎の狂言師として培った口跡と身体表現が生かされた舞台として高い評価を受けた。今回も萬斎の主演で再演される。

 4月6日から紀伊国屋ホール(東京・新宿)で上演されるのが、江戸時代の俳人を描いた舞台「小林一茶」(鵜山仁演出)。一茶が江戸で活動していた7日間の事件に焦点を当てる。「我と来て遊べや親のない雀(すずめ)」で知られる穏やかな作風とは正反対の短気で、自信家で女好きの一茶が描かれる。「藪原」「雨」と並ぶ<江戸三部作>と称され、人間が濃密に生きた江戸時代を舞台に生のエネルギーを描く。D−BOYSの和田正人、ミュージカル俳優の石井一孝が出演。

 ◇節目の夏にメッセージ

 鵜山演出で5月からは被爆地・広島を描いた代表作「父と暮(くら)せば」を全国上演する。被爆した父と娘の2人芝居。多くの犠牲者の陰で生き残った者の負い目と、亡くなった者たちから生きる者たちへの「前を向いて強く生きてほしい」というメッセージが胸を打つ舞台だ。井上の出身地である山形県川西町を皮切りに、神奈川、東京(紀伊国屋サザンシアター)、近畿、中部・北陸を5−10月にかけて巡演。憲法改正の動きも強まる中、戦後70年の節目の夏に全国の人々の心にどう届くか。11年公演と同じく、父親を辻萬長(かずなが)、娘を栗田桃子が演じる。

 さらに5、6月には井上の小説2作をアングラ劇の第一人者、東憲司が脚本・演出する舞台「戯作者(げさくしゃ)銘々伝」が紀伊国屋サザンシアターで上演される。

 ◇幻の戯曲が映像化

 井上は晩年「父と暮せば」に続く作品として、長崎を舞台とした戯曲「母と暮せば」の執筆を構想していた。その逸話を聞いた山田洋次監督が脚本化した映画「母と暮せば」が12月12日に全国公開される予定だ。被爆しながら生き延びた母親を吉永小百合、爆死した医学生の息子を二宮和也が演じ、黒木華(はる)が脇を固める豪華キャストだ。

 先の製作発表で山田監督は「(構想を聞き)運命のようなものを感じた。来年は戦後70年。僕たちの世代が今のうちに語り残さなければならないことがある。生涯で一番大事な作品を作る」と意気込んでいる。

 この他、江戸時代の女性たちの縁切り寺を描いた小説「東慶寺花だより」を映画化した「駆込み女と駆出し男」が5月から全国公開。封建社会でたくましく生きる女たちに光を当てた井上の人間賛歌が生き生きとスクリーンに映し出されそうだ。

 問い合わせは劇団こまつ座03・3862・5941。

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 ◇井上ひさしと劇団こまつ座の歩み

1934年 井上ひさし山形県小松町(現川西町)に生まれる

  50年 孤児院から宮城県仙台第一高校へ通学

  53年 上智大文学部ドイツ文学科に入学(後、外国語学部フランス語学科に転学)。在学中から東京・浅草のストリップ劇場「フランス座」で喜劇台本を執筆

  64年 NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の脚本執筆

  69年 最初の戯曲「日本人のへそ」を発表。テアトル・エコーで上演

  70年 小説「ブンとフン」を発表

  72年 小説「手鎖心中」で直木賞を受賞。戯曲「道元の冒険」で岸田國士戯曲賞を受賞

  84年 劇団こまつ座を旗揚げ。第1回となる「頭痛肩こり樋口一葉」を上演

  94年 「父と暮せば」を発表。こまつ座上演

2010年 肺がんのため死去

  12年 こまつ座が「井上ひさし生誕77フェスティバル」と称して、井上戯曲8作品を年間通じて公演

  13年 晩年の構想を元に、若手劇作家の蓬莱竜太が書き下ろした舞台「木の上の軍隊」を上演 
    ーー「『劇団こまつ座』と戦後70年:井上ひさしに見る平和 今も世相映し輝き放つ」、『毎日新聞』2014年12月29日(月)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141229ddm010200013000c.html

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「劇団こまつ座」と戦後70年:井上ひさしに見る平和 劇団こまつ座社長・井上麻矢さんに聞く
毎日新聞 2014年12月29日 東京朝刊

(写真キャプション)井上麻矢さん=内藤絵美撮影

 ◇一貫して描いた「言葉の力」

 今年、旗揚げから30年を迎え、井上ひさしのテレビコントを再構成した舞台「てんぷくトリオのコント」を上演するなど新たなチャレンジを続けている劇団こまつ座。その社長で、井上の三女でもある井上麻矢さんに井上ひさしが描こうとした世界、戦後70年を迎えるにあたっての思いを聞いた。【聞き手・木村光則】

 こまつ座の社長に就任して5年。多くの井上戯曲を公演して、ようやく作品が一つのテーマでつながっていることが分かってきました。そのキーワードは「言葉」です。

 父は東北から出てきて、すごい言葉のコンプレックスに悩んだ。吃音(きつおん)寸前に追い込まれたそうです。「言葉はアイデンティティーそのものだ」と気付き、興味を抱いたんですね。だから、最初の戯曲「日本人のへそ」では、東北出身の女性の一代記が言葉の洪水のように描かれています。

 次に注目したのが江戸時代の言葉の強さでした。いわゆる<江戸三部作>と呼ばれる「藪原検校」「雨」「小林一茶」はいずれも言葉に魅せられた人物を描いた戯曲。「江戸は言葉の文化だ」という思いがあったようです。

 一茶や宮沢賢治樋口一葉らの評伝劇を作るうち、「言葉に思想が入ると、より大きな力を持つ」ことに気付いたようです。そして、戦前戦中、言葉に翻弄(ほんろう)された庶民の姿を描いた<昭和庶民伝三部作>を発表します。最後は一人一人の庶民が自分自身の言葉を持たなくてはいけない、と。「言葉」に対する思いが一つのラインでつながっている。それがその後の戯曲「父と暮せば」につながっています。

 父は晩年、沖縄の戦争を描いた「木の上の軍隊」と長崎を舞台にした「父と暮せば」の続編を作りたいと願っていましたが、かないませんでした。けれども昨年、劇作家の蓬莱(ほうらい)竜太さんに「木の上の軍隊」を書いていただいて上演しました。そして、新たに「母と暮せば」が来年映画化されます。

 実は昨年6月ごろ、山田洋次監督に父の構想を話したところ、「もうちょっと聞かせて」とおっしゃって、「まず映像で作ろう」と映画化が決まりました。これ以上ない方に手渡すことができて、父がほほ笑んでいるのが目に浮かぶようです。

 山田監督の素晴らしさは「未曽有の震災で家族や大切な人を失った人々の思いも受け止めて作らなくては」とおっしゃったこと。いろいろな形で命を失った人々と、それを受けて生きていかなくてはならない人々に作品を届けなくてはと感じています。

 「父と暮せば」でも、死んでいく人たちの「平和を築いてほしい」という思いが未来を生きる人たちにつながればこんなに強いことはない、という父の思いがメッセージとして込められているのです。

 戦後70年にもなれば、戦争を知らない人ばかりになる。でも、「戦争の悲惨さを後世に伝えたい」と願った井上ひさしができなかったことを、山田監督が引き継いでくれる。その意味は計り知れない。これこそ、こまつ座が考える戦後70年なんだと思っています。
    ーー「『劇団こまつ座』と戦後70年:井上ひさしに見る平和 劇団こまつ座社長・井上麻矢さんに聞く」、『毎日新聞』2014年12月29日(月)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141229ddm010200017000c.html


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