覚え書:「安倍政治 その先に:有権者を考える 何となく肯定、変わらない日本 斎藤環さん」、『朝日新聞』2015年01月10日(土)付。

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安倍政治 その先に:有権者を考える 何となく肯定、変わらない日本 斎藤環さん
2015年1月10日

 ――さて、今回の衆院選。様々な視点、論点があったと思います。

 「『熱狂なき勝利』とメディアは報じますが、日本の選挙が慣性運動というか惰性で動いていることがよく見えました」

 ――というと?

 「自民党を支持している意識すらないような、選挙になれば自動的に投票してしまうような、無意識レベルの反応。政策も人柄も賞罰も関係ない。強力な地盤と後援会の自動運転。小渕優子さんなんて、その上に乗っかってるだけで何があっても落ちようがない」

 ――安倍政権の経済政策「アベノミクス」に対する信任が一応の争点とされていましたが。

 「果たしてあれが『政策』の名に値するのかどうか。なんとなく『景気のいい話』が支持されただけではないでしょうか。本当の思想や政策が展開されるべき安全保障や原発の問題が争点にならなかった。いや避けていた。ただ、あえて言えば、『政策というノイズ』が入っていなかった分、社会の無意識がよりはっきり見えた、ということもあったかもしれません」

 ■強い反知性主義

 ――イメージできるようで、しにくくもあるのですが、無意識に自民党を支持する層とは、どんな人たちですか。

 「私がかねて主張してきた、いわゆるヤンキーと呼ばれる層です。最近はマイルドヤンキーとも呼ばれますが、うっすらと不良性をまとい、地元と仲間の『絆』が大好き。学歴や階層とは無関係に、物事を深く考えない反知性主義が強く気合や勢いを大事にするため、なんとなく現状肯定的。といったところが特徴です」

 「彼らは、よくも悪くも『今』しか考えない。現政権を強く支持する理由もないけど、現状が『そこそこ』なら、このままでいいんじゃね、みたいな感じで乗っかっちゃう。彼らを動員できたのは『この道しかない』と気合だけは入ってるふうで、中は空虚な安倍(晋三)さんの体質ゆえです。その体質とマイルドヤンキーの親和性の高さが、改めて実証されたという印象です」

 ――小選挙区制が導入されて約20年。政権交代が可能な選挙制度のはずでしたが、無意識が働いている以上は難しそうですね。

 「二大政党制の基本は、政策の弁証法的な対立と折衝です。しかし日本人は、そもそも政策で政党を支持するという発想が希薄です。2009年に民主党が政権を取りましたが、マニフェストが支持されたというより、自民党におきゅうをすえたいという空虚な熱狂があっただけでしょう。日本人の政治意識は、依然として成熟していない。空気で動いているだけです」

 ■バランスはいい

 ――しかし与党で3分の2という議席は、暴走の危険性もはらむ、やっかいな数字です。

 「マイルドヤンキーのいいところは、バランス感覚です。知性的ではないが、人情に厚い人情型、情実型保守です。極端な排外主義や好戦性はない。次世代の党が惨敗したのはいい例です。保守化、保守思想への共鳴とは違う。惰性の保守とでも言いましょうか。別に安倍さんが尊敬されてるわけでもないし、憲法改正とか安全保障政策に共鳴しているわけでもない。現状維持がなんとなく支持されたにすぎません」

 ――マイルドヤンキーが日本社会で一定のクラスター(集合体)を構成している限り、変わりようがないのですか。

 「日本社会を近代市民社会に変えることは、とてつもない難事業と言わざるを得ません。この社会の異様なまでの柔構造ゆえです。表面だけ追随しても深層は一切、変えないための柔軟さを日本人は持っているのです」

 「外来語をカタカナで採り入れるが日本語の構造はびくともしない。4Kテレビが登場しても、番組の中身は変わらない。二大政党制を導入しても選挙はどぶ板のまま。ネット選挙でどぶ板を変え、たすきで街頭演説、紅白だるま、万歳三唱といった様式性を否定すれば、確実に選挙に落ちる。巧妙に新しい物を取り込むと同時に前近代を壊さないという二重構造が日本社会の特徴です」

 ■成熟望めないが

 ――うわぁ。絶望的ですね。

 「市民社会への成熟など望むべくもないという絶望というか、脱力感は私にもあります。しかし困ったことに脱力感は安心感でもある。そうめちゃくちゃな方向にはいかないだろうという。自民党が本来の保守ではないと言われながら、21世紀の今も勝ち残っている理由は、まさにそんなところにあるのではないでしょうか。熱烈に支持されているわけでもない安倍政権が、これだけの議席を得たのは、そうした構造に対する支持だと考えれば何となく分かる気もします」

 (聞き手・秋山惣一郎)

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 さいとう・たまき 精神科医 61年生まれ。筑波大教授。専門は思春期・青年期の精神病理学。安倍首相について「ヤンキーに憧れたが、ひ弱でなれなかった」と分析。サブカルチャー、おたく文化にも詳しい。著書に「ヤンキー化する日本」「戦闘美少女の精神分析」など。 
    −−「安倍政治 その先に:有権者を考える 何となく肯定、変わらない日本 斎藤環さん」、『朝日新聞』2015年01月10日(土)付。

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