覚え書:「耕論:子どもの声は騒音か 梅田聡さん、宇野常寛さん、斎藤慈子さん」、『朝日新聞』2015年01月17日(土)付。

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耕論:子どもの声は騒音か 梅田聡さん、宇野常寛さん、斎藤慈子さん
2015年1月17日

 「声がうるさい」と保育園建設に反対が起きたり、子どもを外で遊ばせられなかったり。こんな動きが広がり、東京都は関連の条例を見直します。あなたは、うるさく感じますか?

 ■共感のスイッチをオンに 梅田聡さん(心理学者)

 子どもの声がうるさい。そんな訴えが増えているのだとすれば、時代背景も含めてその要因を広く考える必要があるのではないか、と思います。

 まず、個人レベルでは「心理的な抵抗力」です。今も昔も、身の周りの環境は静かであってほしい気持ちはある。でも、抵抗力が高ければ多少うるさくても我慢しよう、見逃そうとなります。低ければ怒りやすくなる。最近の少子化で年下の人と接する機会が減り、周囲に気を使って我慢する機会も少なくなっていることが、心理的抵抗力を弱める要因となりえます。

 さらに、「子どもがうるさい」という場合、単に声の問題にとどまらず、状況によることがよくあります。電車の中で子どもが叫んでいたとして、親が懸命にあやしているならば理解を示しやすいのに対し、親が放置していると、「うるさい」となりがちです。親へのイライラが子どもの声の解釈を左右するのです。社会的な要因です。

 脳科学でみれば、イライラや興奮の主な中枢は扁桃(へんとう)体です。ストレス刺激に対し、発汗や血圧上昇をもたらし、ストレスに対応します。個人差がありますが、地域差もあることが最近わかってきました。

 2011年の研究では、大都市、中都市、田舎の3群でストレス刺激への反応を調べたら、人口が密集する大都市群で扁桃体が最も強く動く結果が出ました。常に緊張を強いられる都市部という環境では、子どもの声というストレス刺激にも、強く反応する可能性があります。

 こうした要因を踏まえ、他者の気持ちをくみとる「共感」という心の働きを考えてみます。共感と見られる行動は人間以外の動物でも観察されますが、高度な社会を営むうえで不可欠な、人間が人間であるための重要な働きといえます。

 共感には、いわば自動的に起こる部分と、状況次第でコントロールできる部分とがあります。子どもを見てかわいいと思う感情がわいても、親の態度などに反発すれば、その気持ちのスイッチを切ってしまいます。

 スイッチをオンオフする境界線は本来、高いところにあるのが人間。でも先に挙げた様々な要因もあって、簡単にスイッチを切ってしまうのが現代社会に生きる私たちかもしれません。

 子どもの運動会の冒頭、校長先生が「地域の方々にご迷惑をおかけしています」とあいさつするのを聞き、時代だなと思ったことがあります。目の前にいない人にも気を配ることで、「そこまで言うなら」と地域の人も許すのかもしれません。そうした配慮があれば、我慢の限界も変わってくるのでしょう。

 共感のスイッチをオンに保つためにも、地域での人間関係づくりはこれまで以上に大切になってきたのかもしれません。

 (聞き手・辻篤子)

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 うめださとし 68年生まれ。専門は心理学、認知神経科学。14年から慶応大学教授。人間に「共感」が生まれる仕組みやメカニズムの研究に取り組んでいる。編著に「共感」など。

 ■未来に賭ける視野ほしい 宇野常寛さん(評論家)

 日本社会の世代間の断絶や劣化を思い知らされる話題ですね。僕に子どもはいませんが、同世代の友人たちが共働きをしながら子育てに奮闘している様子を間近で見て、悩みも聞いています。「子どもの声がうるさい」と苦情を寄せる人たちには、中高年層が多いと聞きます。自分の環境を静かに穏やかに保つためなら、いま育っている子どものことなんて知らないよ、って話でしょうか。

 上の世代が子どもの声さえ我慢できないのは、つまり子どもを社会全体の財産とみなせないということです。自分たちの世代の利害を中心に考える、こんな姿勢がまかり通るのなら、たとえば高齢者に有利な年金制度なんか、やめるべきです。

 いまの年金制度は、下の世代のクレジットカードを高齢者が使っているようなもの。個人的には不満だし、将来の年金制度の崩壊への不安もあるけど、いちおう民主国家で決められたことだから従っています。

 寒々しい分断状況の根っこには、「未来に賭ける」という考え方がこの社会で愕然(がくぜん)とするほど薄れてしまった状況があるように思います。その考え方は僕たちの社会が成立する最低限のルールのはずなのに。

 そうした風潮は原発問題などとも無縁ではありません。僕は、何が何でも原発反対を唱える主張とは一線を画した上で、長期的には原発を見直していくべきだと考えています。未来に負債を残すべきではないから。生まれてくる世代に少しでも良い世の中を残したいから。いまあるものを食いつぶすだけでは、社会の持続性が失われてしまうと危惧しています。

 世の中すべてが近視眼的になり、小さなパイの取り合いのような議論しかできていない。50年単位で物事を考えていく長期的視野が必要です。

 ただ、ここまで薄らいでしまった社会の相互理解は、すぐに修復できるものとは思えません。短期的には説得を諦めて、実際的なアプローチを試みてはどうでしょう。

 たとえば、IT関連企業の従業員が加入する「IT健保」のような仕組みをイメージすればいい。加入者の平均年齢が若いため、保険料なども割安に抑えられるのがIT健保の利点のひとつですが、要は一度、子育て世代など若手世代がまとまって、相互扶助を行うことを考えていいのではないかということ。そうした動きが、政治的な圧力団体としての活動につながってもいいはずです。

 こうした足場を固めた上で、自分たちの意見を広く社会や上の世代にも訴えかけて、同時に上の世代の意見も聞く。そうした試みを重ねて、ギブ・アンド・テイクの社会を取り戻すしかない。そういう局面にきているように思います。

 (聞き手・藤生京子)

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 うのつねひろ 78年生まれ。著書に「楽器と武器だけが人を殺すことができる」など。共著に「ナショナリズムの現在」など。編集長を務める「PLANETS」第9号が近刊予定。

 ■多くの大人がかかわって 斎藤慈子さん(行動生物学者)

 私自身、自分で産むまでは子どもが嫌いでした。うるさいし、近くにくると嫌悪感すら抱きました。でも、生物は自分の遺伝子を残すことで進化してきたし、子どもは次世代につながる大切な存在のはず。なのにかわいいと思えない。これって生物としてまずいのではないか。なぜなのだろう。生物の行動を進化の観点で研究する者として、気になっていました。

 子どもと接する機会の有無が大きいのではないかと思います。現代社会は核家族化して、子どもは子ども、大人は大人と世代が分断されています。多くの大人が子どもと接する機会も少なくなってしまいました。

 子どもの泣き声はもともと、注意を引くために気にさわるようにできている。子どもと接していない人は、泣き声は聞き慣れず、うるさく感じてしまうのでしょう。ふだん孫に接している高齢者なら、さほどうるさいとは思わないでしょうが。

 子どもとの接触が限られるいまの社会のありようは、生物としてのヒトを考えると、本来、不自然といえるでしょう。ヒトの子育て戦略は「共同繁殖」だからです。

 ヒトはかなり未熟な状態で生まれ、脳の発達にも時間がかかるから育てるのが大変で、子育てには父親や周りが参加するのが大前提です。チンパンジーだと、生まれたばかりでもぶら下がる力もありますから、基本的に母親が育てます。

 ヒトの進化に関連して「おばあちゃん仮説」といわれるものもあります。子育てが終わった女性が孫などの子育てに参加することが、自己の遺伝子を複製するうえで有利だ、という説です。実際、日本社会でも、昔はコミュニティーが子育てにかかわってきました。お互いさまで助け合うことが自分のためでもある、ということでしょう。

 完全に一人で、というのは、ヒトの子育てに適さないともいえます。働く母親より専業主婦の育児ストレスの方が大きいという調査結果もあります。

 いまさら大家族に戻れ、は無理ですが、多くの人がさまざまな形で子どもと接し、子育てにかかわることが大切です。

 そうしないと、子どもは健康に育ちません。うるさがられるからと外で遊ばせる機会が減れば運動能力がつかず、ひ弱な大人、高齢者をつくって社会の負担を増やします。子どもを元気に外で遊ばせることが、未来のありようを決めていくのです。

 真の意味で子どもを社会で、健康に育てることが大切です。たとえば、公園でも町のあちこちでも、子どもが元気に遊べるようにすることです。そのためには、事故や犯罪に巻き込まれないよう周りでみんなが見守らねば。それは本来、一人ひとりの大人の責任であるはずです。

 (聞き手・辻篤子)

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 さいとうあつこ 77年生まれ。専門は認知行動科学。2011年から東大講師。サルの仲間のマーモセットなど動物も使いながら、子育ての進化的背景とメカニズムの研究に取り組んでいる。

 ◆キーワード

 <東京都の環境確保条例改正> この条例に基づき子どもの声を騒音とする訴訟が起きていたが、子どもの声は規制対象から除外する。2月都議会に提案。限度を超える場合、都が改善勧告できるようにする。
    −−「耕論:子どもの声は騒音か 梅田聡さん、宇野常寛さん、斎藤慈子さん」、『朝日新聞』2015年01月17日(土)付。

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(耕論)子どもの声は騒音か 梅田聡さん、宇野常寛さん、斎藤慈子さん:朝日新聞デジタル





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