覚え書:「今週の本棚・この3冊:シベリア抑留=有光健・選」、『毎日新聞』2015年02月15日(日)付。
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今週の本棚・この3冊:シベリア抑留=有光健・選
毎日新聞 2015年02月15日 東京朝刊
<1>『シベリアに逝きし46300名を刻む−−ソ連抑留死亡者名簿をつくる』(村山常雄著/七つ森書館/2160円)
<3>『シベリア抑留者たちの戦後−−冷戦下の世論と運動 1945−56年』(富田武著/人文書院/3240円)
1945年8月23日ソ連軍最高司令官スターリンの秘密指令によって始まった“シベリア抑留”からまもなく70年を迎える。旧「満州」の関東軍兵士を中心に約60万人の日本人捕虜・民間抑留者が、ソ連に強制的に移送され、寒さと食糧不足の中で強制労働を強いられ、約1割の6万人前後が現地で亡くなった。武装解除後に「ダモイ・トーキョー(東京に帰る)」と騙(だま)されて連れて行かれた大規模な「拉致」だった。全体で何人が移送され、何人が現地で亡くなったのか、いまだに正確に分かっていない。
ほとんどが飢えと寒さと虱(しらみ)と病に苦しみながら、収容所の中で静かに死んでいった。伐採現場や鉄道建設・鉱山などの事故で亡くなった人も多い。帰還できた人々の脳裏に、それらの辛(つら)い記憶は今も深く刻まれ、凍土に遺(のこ)してきた仲間への自責の念は強い。悲劇を生んだスターリニズムと旧日本軍内の差別といじめ、帰国者に「シベリア帰り」とレッテルを貼り、排除・差別した日本社会の冷淡への憤りも深い。
亡くなった人々の名前くらい正確な漢字で記録に残すべきではないかと、中学校教師を退職後に70歳でパソコンを始め、10年かかって一人で4万6300人分の死亡者名簿を作成、インターネットで発表、自費出版した村山常雄氏。惜しくも昨年88歳で他界されたが、『シベリアに逝きし46300名を刻む』には超人的な作業に突き動かした、墓標なき死者たちへの痛切な想(おも)いが綴(つづ)られている。
60万人の抑留者には、60万の記憶と物語がある。高杉一郎、内村剛介、長谷川四郎、石原吉郎ら抑留を体験した文学者・詩人、香月泰男、宮崎進(しん)、宮崎静夫ら画家の作品・著書にもぜひ触れていただきたい。いずれもすこぶる重い。
井上ひさしの遺作となった『一週間』は、その重すぎる物語に挑戦した極上のエンターテインメント小説。丹念に歴史書・体験記を読み込み、抑留体験の数多くのエピソードを織り込みながら、あの戦争の本質、共産主義の転向、少数民族問題を、井上流のユーモアも交えながら、考えさせる。実際を知る体験者を当惑させそうな奇想天外な物語だが、面白さに引き込まれる。
富田武成蹊大名誉教授の『シベリア抑留者たちの戦後』も意欲的な労作。戦後の冷戦構造が生んだ複雑な歴史を概説し、毎日新聞の当時の記事を丁寧に検証。帰還者らの運動と7人の抑留体験者の帰国後の歩みを紹介している。
−−「今週の本棚・この3冊:シベリア抑留=有光健・選」、『毎日新聞』2015年02月15日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150215ddm015070008000c.html