覚え書:「書評:勝海舟と幕末外交 上垣外 憲一 著」、『東京新聞』2015年02月15日(日)付。

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勝海舟と幕末外交 上垣外 憲一 著

2015年2月15日
 
◆内外の対立踏まえた推理
[評者]平川祐弘比較文学
 著者の名はカミガイト、比較文化関係論の興隆期に世に出た異能の人で、多彩な関心は多数の著書と化した。出来栄えは様々だが、彼の名を内外に高めた一冊は韓国の盧泰愚(ノテウ)大統領来日の際に話題となった『雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)』(一九八九年刊、サントリー学芸賞)で、隣国の大統領に認められた一事からもこの人材の貴重性と稀少性(きしょうせい)は知られよう。
 氏は日本人として珍しく複数の西洋語のみか韓国・中国語の会話に長じ、ソウルにも北京にも友人を持つ。だからこそ、朝鮮語を自由に話し中国語会話もこなした十八世紀の対馬儒者を親身に理解できたのだ。その雨森と同様、今回も勝海舟を相手国の事情と心情を理解し得た外交官として解釈し、内外の史料によってその自説を裏づけ、幕末外交について次々と大胆な推理を展開した。
 著者は『氷川清話』の中で勝が述べる中国観、韓国観に共感する。そして従来の国史本位の見方では視野が日本周辺に限定されがちだが、東洋における列強の角逐は西洋における列強の戦争の結果を反映しており、多極的・流動的な世界情勢から対馬をめぐる幕府や諸国の対応も理解すべきだとする。
 かつて雨森を調べた時、幕末期に起きたロシア艦ポサドニック号による対馬占領の現場を訪ねた著者は事件の処理に当たった勝に興味をもつ。各国にとり対馬の価値とは何であったのか。すると勝が西洋諸国の種々の利害関係を洞察し、バランス・オブ・パワーを利用して外交を行う様が見えてきた。
 対馬占領事件の処理にまつわる勝の「彼によりて彼を制する」の清話は法螺話(ほらばなし)ではない。「日本の味方はどの国か」。列強の対立と共に、日本国内や幕府内の親英・親米・親露・親仏の各派の対立を踏まえて、著者は外交と内交のゲームを推理する。その精度までは保証しかねるが、国際関係に照らして小栗忠順おぐりただまさ)の運命までも説くあたり、読んでひきこまれた。本書は上垣外氏の最高傑作ではあるまいか。
中公新書・950円)
 かみがいと・けんいち 1948年生まれ。大妻女子大教授。著書『富士山』など。
◆もう1冊 
 勝海舟著『氷川清話』(勝部真長編・角川ソフィア文庫)。江戸無血開城の立役者が幕末維新の出来事や人物について語った談話集。
    −−「書評:勝海舟と幕末外交 上垣外 憲一 著」、『東京新聞』2015年02月15日(日)付。

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