覚え書:「今週の本棚・この3冊:宮尾登美子=智内兄助・選」、『毎日新聞』2015年02月22日(日)付。
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今週の本棚・この3冊:宮尾登美子=智内兄助・選
毎日新聞 2015年02月22日 東京朝刊
◇智内兄助(ちない・きょうすけ)・選
<1>藏 上・下(宮尾登美子著/角川文庫/各679円)
松飾りも取れたばかりの1月8日に宮尾登美子さんの死去を新聞で知り様々な想(おも)いが巡った。先(ま)ずは新聞連載小説『藏(くら)』で挿絵を描かせて頂いた縁(えにし)。それが読者の方々の声で初めてのカラー印刷になった事。初めて買った宮尾さんの本『花のきもの』の読後感を厚かましくも自分の画集と共にファンレターとしてお送りした事。かつて芸術高校で講師をしていた頃、教え子が宮尾さんの孫だった偶然。誕生日をお祝いする会で胡蝶蘭(こちょうらん)に囲まれ照れながらも一弦の琴を奏で切った事。『藏』の縁で新潟“越の寒梅”石本酒造さんの座敷での古町の芸妓(げいぎ)衆らとの楽しかった酒宴。飲めない宮尾さんなのに上機嫌で御姉さんらと燥(はしゃ)いでらした事。そしてまた新聞投稿欄にまるで高校生の様な瑞々(みずみず)しい文章で『藏』へのエールをくれた見覚えのある名前、小泉純一郎氏の一件。その事を知らなかった宮尾さんに後で耳打ちしたら「アラッ! もっと早く言ってくれれば良かったのに…好みョ、ワタシ!」とのたまった事などなど。
384枚の『藏』の挿絵を描いて気付いたのは「新聞小説というあの形式は絵巻物である」という事。日本人のDNAに染み着いているので時としてヒトはアレを切り抜きアノ形を確認し次の段に胸躍らせる。自分にも覚えがある。学生時代の毎日新聞に瀬戸内晴美(現・寂聴)さんと人形師・辻村ジュサブロー氏のコンビで『まどう』が連載され、ジュサブローワールドに眩惑(げんわく)され熱い想いで毎日切り抜いたものだ。今の自分の絵の作風を決定づける何かが芽生える程の事件だった。その意味では昭和初期の挿絵師、小村雪岱(こむらせったい)しかり、岩田専太郎しかり。白と黒のコントラストを活(い)かし切った小宇宙。侮るべからず新聞小説。
『藏』の3年後に『クレオパトラ』を朝日新聞日曜版に連載されている。芸大の少し後輩の谷川泰宏君が本画と同じ密度で描きとてもカラフルで華やかな紙面だった。そのクレオパトラを書く為(ため)のエジプト取材の帰路、機中で『藏』の主人公「烈」の名が閃(ひらめ)き膝を打ち、この小説の成功の半分くらいを確信されたとか。だからなのか「烈ちゃんのお顔は描かないでネ、イメージが固定化されるから……」と宮尾さん。その真意をちゃんとお尋ねする前に静かに踵(きびす)を返されてしまった。宮尾さんの古里の酒“酔鯨”を片手に23年前にFAXで届いた新潟弁になる前の『藏』の手書き原稿を読み返す。遠ざかる足音を偲(しの)びつつ。
−−「今週の本棚・この3冊:宮尾登美子=智内兄助・選」、『毎日新聞』2015年02月22日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150222ddm015070037000c.html