覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『経済学者、未来を語る−新「わが孫たちの経済的可能性」』=イグナシオ・パラシオス=ウエルタ編」、『毎日新聞』2015年03月08日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『経済学者、未来を語る−新「わが孫たちの経済的可能性」』=イグナシオ・パラシオス=ウエルタ編

毎日新聞 2015年03月08日 東京朝刊


 (NTT出版・2376円)
 ◇難題は地球温暖化対策か

 一九三○年、ケインズは「わが孫たちの経済的可能性」という一文を発表した。大恐慌進行下、ケインズはあえて楽観的未来を語った。戦争と紛争がないならば。

 この本の編者ウエルタは、このケインズの一文を読み、幼い子供たちを見て一○○年のちの社会−−孫たちの時代はどうなっているかを考えるようになった。そして一○人の経済学者にこの問いを投げかけ、えられた答えを集めたのがこの本である。

 ウエルタはロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの教授である。しかしシカゴ大学で学んだ人であり答えを求めた一○人は、いずれもアメリカの大学の教授あるいは前教授である。プリンストン、イェール、MIT、ハーバード、スタンフォードである。アメリカの現役世代を知る上でも参考になる。

 第一論文、MITのアセモグルの将来予想の手法は正攻法である。現在進行中の10の動向(トレンド)が、将来どうなっていくかを考えるのである。

 解(わか)りやすいのをあげれば、「健康革命」で、世界の平均寿命の格差は縮まる。「人口爆発」は続く。発展途上国のことを考えればうなずける。にもかかわらず資源問題には楽観的である。「グローバリゼーションの未来」はさらに進むだろう。また先進国の「就労形態の変化は続く」では半熟練労働の仕事は発展途上国に移り、労働市場の二極化は進む等々である。

 注目しなければならないのは、予測9としてあげる「反啓蒙(けいもう)から啓蒙へ?」である。今おこっている世界のある種の流れを反啓蒙としてとらえている。アメリカにおけるキリスト教原理主義、中東のイスラム原理主義等々である。中国、アメリカあるいは両国で軍国主義が興る「シナリオは大いにあり得る」と。「権利革命」−−権利の拡充−−とともに注目したい。

 アセモグルのものと対極的な方法で書くのが最後の論文−−ハーバードのワイツマンの「地球の気候を変える」である。かれは自分の専門にしぼって、この問題ひとつだけを論じている。結論は、悲観的である。人も国も、この大切な問題に対応せずCO2は増し、地球温暖化は進むというのである。

 この結論はプリンストンのディキシットも同じである。地球温暖化を防ぐため、化石燃料を抑える国際協定に賛成し、実行するのは、北欧諸国とドイツぐらいで、中国、インド、アメリカは賛成しないし、フランス、イタリアも、実行は疑わしいというのである。

 では対策は。

 専門家であるワイツマンは、“成層圏に微粒子を撒(ま)き、日よけをつくる”という方法で地球の温度が上がるのを防ぐ方法が安あがりだと言っている。しかし、どんな副作用が生まれるかわからないとも書いている。そうだろう。

 未来予測の方法論でもうひとつ考えられるのは、前述のディキシットである。暗い予想と明るい予想の併記である。暗い予想として環境問題とともに、アメリカの凋落(ちょうらく)を述べている。経済危機のたびに、アメリカの経済力は落ち、技術の分野でのアメリカのリーダーシップは失われていくと。しかしそれは世界的に見れば平準化の進行だととらえれば明るいことになるのではないか。

 ディキシットの書く明るい面に注目したい。かれは保守の論客フリードマン負の所得税の提唱者であることをあげている。負の所得税というのは、すべての人に所得を申告させ、一定所得以下の人にはマイナスの税として一定の金額給付を行うというものであり、市場原理主義者のフリードマンでさえも、分配の改善を言わざるをえなくなっている点に、社会の明るさと変化を感じるのであろう。

 このような長期の予想で、的中率の高いのは、科学技術の進歩である。なぜかといえば、その技術が具体化されるはるか前にアカデミズムの中に、研究成果が隠れているからである。時計のクオーツの原理は、二○世紀の初めにわかっていた。これが置き時計となるのは一九二七年、腕時計となるのは一九四九年である。

 こうした視点が本書にはない。

 論者の多くが問題にしている地球温暖化対策も、現在のアカデミズムの研究の中に解決の芽がある。松本紘(ひろし)・京大前総長を中心とする宇宙太陽光発電はそのひとつであろう。一基一○○万キロワットで二四時間発電可能であり、現在の世界の技術を集めればできるという。

 これが一例である。この本の解説者が書くように、未来は案外明るいかもしれない。それはケインズの予想と同じである。ただしケインズは人々が所得と富の格差の是正その他に努力すれば、を前提としている。

 評判のピケティは、アメリカの経済学者は机上で数学式をいじくるだけで現実の経済を知ろうとしないとしてアメリカを去った。しかし、アメリカの経済学者もいろいろ考えていることが、この本からわかるだろう。(小坂恵理訳)
    −−「今週の本棚:伊東光晴・評 『経済学者、未来を語る−新「わが孫たちの経済的可能性」』=イグナシオ・パラシオス=ウエルタ編」、『毎日新聞』2015年03月08日(日)付。

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