覚え書:「インタビュー:被害者と加害者の対話 NPOつくり対話に取り組む弁護士・山田由紀子さん」、『朝日新聞』2015年03月06日(金)付。

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インタビュー:被害者と加害者の対話 NPOつくり対話に取り組む弁護士・山田由紀子さん

2015年03月06日

写真・図版「対話は地域の人がNPOでやるのが理想。主要地域ごとに実践団体があるといいですね」=山本和生撮影


 被害者と加害者が対話することで、精神的な回復や弁償、更生を目指す取り組みがある。「修復的司法」と言われる手法だ。最近はいじめの予防や解決のために取り入れられつつある。対立や紛争、憎しみの連鎖が続く世の中で新たな地平を開く手段となるのだろうか。2001年から対話に取り組む弁護士の山田由紀子さんに聞いた。

 ――被害者と加害者の対話というのは、どのように行うのですか。

 「私たちの場合は、少年事件を中心にボランティアの進行役が中立の立場で、事前に双方から相手に伝えたいことを丁寧に聞き取り、十分に準備した上で対話の場を設けます。申し込みは被害者、加害者どちらからでも構いません。(1)犯罪の成否に争いがない(2)相手の人格を尊重して対話できる(3)双方が参加に同意する――などが条件です。親や家族、地域の人たちも参加します」

 「輪になって座り、それぞれが自分の体験を話します。ここがとても重要で、すべて『私』メッセージで語ってもらいます。被害者は事件に遭ったときの体験、ショック、生活への影響などを話します。これは加害少年が被害者の視点から何が起こったのかを理解するのに役立ちます。加害少年も自分がいつ、どのように、どんな思いで何をしたのかを語ります。参加する家族や関係者も同様に自分の体験を語ります」

 「被害者にはなぜ自分だったのか、通報したことで報復されないかなど疑問や心配があります。そうした相手から聞きたいこと、相手に伝えたいことをその後に互いに話してもらいます。さらに次の段階で被害者が求める具体的な償いはどんなものか、加害少年が考える責任の取り方、参加者の創意工夫による修復の方法などを話し合っていきます。加害少年が10万円のアルバイト代から毎月1万円ずつ被害弁償するという結論が出たこともあるし、家を壊して損害を与えた事件では加害少年自身がその修理をするという結論になったこともあります。合意文書を作り、参加者全員が署名します。後に約束が守られたかも確認します」

 ――本当にそんなことが成り立つのですか。

 「大学生がバイクを盗んだ事件がありました。加害者は小さいときからサッカーをやり、推薦で大学に進んだ大学生です。父親がサッカーの監督で、彼はいわゆる『良い子』。でも、何でも父親の言う通りにしてきた反動で、鍵のついたバイクを見て、乗ったらどんなにスカッとするだろうと思って実行しました」

 「盗んだのは、町工場のバイクで、そのバイクで仕事をしていた従業員と町工場の社長が対話に参加しました。バイクは3カ月も行方不明だったので、従業員は『社長は気にするなと言ったが、鍵をつけたままにしていた自分が悪い。自分の車を売ってでも弁償しようと考えていた』などと語りました。大学生は反省はしていましたが、自分の経歴に傷をつけてしまった後悔と反省でした。しかし対話で、盗んだものに被害者の生活が深くかかわっていることに思いが至ります。これは説教などでは引き出せません。一方被害者は、加害者がモンスターのような少年だと想像していましたが、対話でふつうの少年だとわかり、また、彼の立ち直りに寄与できたことが喜びにつながったようです」

 「謝ってほしい、償ってもらいたいと思いながらも満たされないままの被害者がいる一方で、謝りたい、償いたいと思いながらも、それを果たせないでいる加害者もいます。私が理事長を務める『対話の会』はその間を取り結んでいます」

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 ――活動は01年からですね。

 「少年事件で対話の実践を目的にした日本で初めての団体です。発足からこれまでに70件の申し込みがありました。被害者側から26件、加害者側から44件。対話が成立したのは27件です。双方から話を聞き、対話は開けないと判断することもあります。その場合でも関係調整はします。事件の内容は傷害が33件と一番多いですが、殺人、殺人未遂、傷害致死、強盗致傷などさまざまです」

 「20歳の男性が9人の少年から集団リンチを受け、逃げようとして川に飛び込んで水死した事件がありました。遺体の状態が悪く、周囲の勧めに従って確認を父親に任せた母親が、ちゃんと遺体と対面しておけばよかったという気持ちが強くなり、最後の状況を詳しく知りたいと、事件から3年後に対話を申し込んできました。当時、民事訴訟で金銭面での和解は成立していました。9人のうち最も関与の度合いが低かった少年はすでに少年院を出て、定時制高校に通っていました。申し訳ない気持ちはあるけれど、何も償いができないという思いを抱えていた彼は、最後の様子を知りたいという遺族のニーズを聞き、自分にもできることがあると対話に応じました」

 「対話の場で、両親は帰ってこない息子を心配する思いや遺体と対面したときのことなどを語りました。加害少年にとっては初めて聞く話ばかり。緊張していましたが、心から申し訳なく思っている様子がこちらにも伝わってきました。加害少年は母親の求めに応じて、男性がどのように追い詰められ、川に飛び込んだのかを話しました。両親は黙って聞いていましたが、帰るとき、母親が加害少年に声をかけました。『よく話してくれた。ありがとう』と。少年の目は潤んでいました」

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 ――被害者の申し出に、よく加害者が応じましたね。

 「私たちの経験では加害者の申し込みを被害者が断ることはあっても、その逆はありません。加害者には謝ってけじめをつけたい思いはあっても、怒鳴られるのでは、多額の賠償を求められるのでは、という恐れがあります。安心して会える場であることを伝えると、直接謝罪したいと応じる加害者は多いです」

 「報道される被害者の声は『厳罰を』というものが多いですが、一般的な被害者は、加害者はどういう少年か、ちゃんと反省しているのか、なぜこんなことをしたのかなどを知りたいし、『二度としてほしくない』という思いが強いです。私たちはそういう被害者のニーズを大事にしたいと考えています」

 ――取り組みは広がっているのですか。

 「世界的には、欧米や南アフリカなどで1千を超えるプログラムが運営されています。ニュージーランドでは1989年に法律ができ、少年事件は原則的に全件が少年の家族と被害者が集まる会議に委託され、修復的司法の手続きを踏みます。立ち直りについていい提案があり、少年がそれを実行するなら、裁判所に報告して裁判にはかけられないという仕組みです。米国でも多くの州が対話などを取り入れていますが、ミネソタ州では少年事件だけでなく、刑務所とNPOが連携して刑務所内での対話を実践しています」

 「日本ではあまり普及していないのが実情です。背景には、被害者側の抵抗感があります。加害者の更生に利用され、和解や許しを強要されるという誤解があるようです。対話の会のパンフレットを千葉県内の保護観察所検察庁、少年院などに置いてもらっていますが、公的機関に公認された活動ではないので、なかなか広がりません」

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 ――修復的司法にはどんな可能性を感じていますか。

 「94〜97年に米国で行われた大規模調査では、被害者との対話を経験した少年の再非行率は19%で、経験しなかった少年より9ポイント低かったという結果が出ています。日本でも約10年前に警察庁がモデル事業として軽微な少年事件を対象に、家裁送致の前に対話を実施したことがあります。成立したのは対象事件の1・4%(56件)ですが、被害者の71%、加害少年の83%、少年の保護者の95%が対話について『満足』と答えています。対話を制度として位置づけて導入を考えるべきです」

 「修復的司法は、和解や仲直り、許しを求めるものではありません。被害者と加害者の間にはやむを得ない距離があっていいのです。ただ、現状は情報不足や誤解などがあって、相手に対する不信、うらみ、つらみが増幅されがちで、両者が不合理で理不尽に離れた状況になっていることが多い。対話は、その遠く離れてしまった距離を本来の距離まで戻すためのものです。被害者の心の安定や加害者の立ち直りの出発点になる可能性があります」

 「いまの社会は処分や厳罰が物事の解決方法となっていて、対立を深める方向に動いています。対話の実践は寛容な社会の形成につながります。少年事件に限らず、いじめ、職場での不和、親子や兄弟間の葛藤などにも広く活用できるものです」

 (聞き手 編集委員・大久保真紀)

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 やまだゆきこ 50年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、79年から千葉県で弁護士。NPO法人「対話の会」(事務局・千葉県松戸市)の理事長を務める。

 ◆キーワード

 <修復的司法> 英語でRestorative Justice。「修復的正義」と訳されることも。犯罪を地域社会に起きた害悪ととらえ、被害者、加害者、地域の人々が直接関わってその害悪を修復しようという考え方。対話は1970年代にカナダで始まり、世界各地で普及しつつあるが、日本では対話の会のほか、岡山や兵庫の弁護士会などで実施されている程度にとどまっている。
    −−「インタビュー:被害者と加害者の対話 NPOつくり対話に取り組む弁護士・山田由紀子さん」、『朝日新聞』2015年03月06日(金)付。

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