覚え書:「今週の本棚・この3冊:海=高橋順子・選」、『毎日新聞』2015年03月15日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:海=高橋順子・選
毎日新聞 2015年03月15日 東京朝刊

 <1>丸山薫詩集(丸山薫著/思潮社 現代詩文庫/1258円)

 <2>花神コレクション俳句 鈴木真砂女鈴木真砂女著/花神社/品切れ)

 <3>渚の思想(谷川健一著/晶文社/2268円)

 島国である日本は周囲を海に囲まれ、複雑ゆえに長い海岸線を有している。海辺に暮らす人びとは海の恵みに感謝し、心ごころに海を抱いて生きてきた。四年前の東日本大震災による大津波をこうむるまでは、どこの海辺にも幸福がたしかにあった。この国では壮大な海洋文学こそ育たなかったが、海はよく詩歌に詠まれた。筆者も海辺の町に生まれ育ったので、海の詩を読むと、深ぶかと呼吸したい気持ちになる。

 詩人・丸山薫は大分町(現、市)に生まれ、少年時代を愛知県豊橋に送った。船乗りを志したというから海に憧れる気持ちはハンパではない。東京商船学校に入学したが、病気退学。ついえた海への憧れは日々つのり、詩に結実した。『丸山薫詩集』でも浪漫的にして簡潔、なつかしい海洋詩を書いた。「僕にとっては古びた恋い妻/しかもなお若い歌をうたいつづける/おまえ 海という女」(「海という女」より)。フランス語の海(ラ・メール)は女性名詞であり、私の見てきたところでは日本の詩人も海を女性や母と見る人が多いが、中には「お父さん」と呼びかける女性詩人もいた。

 千葉県鴨川町(現、市)生まれの俳人鈴木真砂女は運命に翻弄(ほんろう)されたような恋の人で、五十一歳のとき何もかも捨てて家を出、銀座に小料理屋「卯波(うなみ)」を開店した。『鈴木真砂女』所収の句には運命を海の潮が運んできたと見るような潔さがあった。

 「あるときは船より高き卯浪かな」

 「冬の波いまわれのみに寄するかな」

 民俗学者谷川健一熊本県水俣市生まれ。南島の習俗、神話伝説、地名研究などで知られ、詩的直観に富む「谷川民俗学」を樹立。『渚の思想』を読むと、海の色が深くなる感じがする。同書には、「渚は陸とも海とも見分けのつかない不思議な境界である。それゆえに、かつては現世と他界とをつなぐ接点とみられ、そこに墓地も産屋も設けられた」と記している。

 境界といえば、私も子どものころ波打ち際で泥の舟をつくって遊び、「どうろくじんさま」と唱えたことを思い出した。道祖神を拝んでいたのだった。いま子どもたちはそんな遊びはしない。谷川も同書で自然海岸の大量の破壊を嘆いた。

 谷川は歌人でもあった。同書から一首。

 「肉は悲し書は読み終へぬみんなみの離(ぱな)りの島の渚に死なむ」
    −−「今週の本棚・この3冊:海=高橋順子・選」、『毎日新聞』2015年03月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150315ddm015070011000c.html



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