覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『本当の戦争の話をしよう−世界の「対立」を仕切る』=伊勢崎賢治・著」、『毎日新聞』2015年03月22日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『本当の戦争の話をしよう−世界の「対立」を仕切る』=伊勢崎賢治・著
毎日新聞 2015年03月22日 東京朝刊


 (朝日出版社・1836円)

 ◇若者と国家双方にいかに生きるか指南

 この本についてはカバーの描写から入りたい。まっさらな画用紙に群青色のクレヨンで「本当の戦争の/話をしよう」と縦2行に書き、すぐ脇に赤のクレヨンで副題をぎゅっと寄せて書く。その左に「この人は怪しい大人ではありません」とばかりに、緑のクレヨンで書かれた著者の名がぴたりと寄り添う。

 装丁は寄藤文平、吉田考宏両氏の合作。寄藤氏といえば、JTの「大人たばこ養成講座」や、東京メトロのマナー向上ポスター「家でやろう。」がすぐさま浮かぶ人も多いだろう。画用紙とクレヨンの合わせ技で素朴に迫っているように見えても、そこは1ミリの無駄もないプロの仕事。この本がいかなる状態で書店に置かれていようとも、必ずや読者の目に留まるのは疑いない、そのような目立つ本となっている。

 こう書いたのは、本書を世に送り出した出版社を、評者がよく知っていることに触れずに書評するのは公平ではなかろうとの思いがある一方、書店の本の大海原の中にあっても、評者は本書に必ずや出合っていたはずだとの確信もあるからだ。

 評者は、著者の伊勢崎氏と同じく高校生を相手に、5日間みっちり考え、議論した本を同じ出版社から以前出したことがある。評者の場合は日本近現代史を戦争から考えたが、氏の場合は現代の国際紛争武装解除という切り口から、福島県立福島高校の18名の生徒と共に考えた。教えていたつもりが、最後に「こちらが丸裸にされていた」とは、あとがきにある著者の感慨。

 基地の街立川に生まれ育った若き日の伊勢崎氏は、インドはボンベイのスラムに入り、40万もの住民を、共同トイレや上下水道等の公共インフラ設置要求を軸に束ねていった。何故それが可能だったのか。この体験を初日の授業で披露した著者は、分断された個々の人々を、部外者がまとめる際のコツを教える。

 在地コミュニティーの中にいる、穏健なリーダー格の人物をまずは見つけること。そのうえで彼らが共闘しうる目標を設定し、横につなぐのが極意だと。この手法が、著者の専門とする「平和と紛争」学のイロハに相当すると同時に、高校生たちが近い将来、未知の世界に羽ばたく際の、始めの一歩にもなっていることに気づけば、著者と共に学ぶ旅はもう始まったも同然だ。

 インドを後にした青年が向かった先はアフリカ。国際NGO(非政府組織)の現地代表としてシエラレオネを振り出しに10年。彼(か)の地では、RUF(革命統一戦線)に対抗する自警団の組織化もやってのけた。これが評価されたのだろう、2000年国連の依頼で、東ティモール暫定政権下の県知事に就任し、インドネシアからの圧政離脱後の回復に努めた。翌年には再び国連の依頼により古巣のシエラレオネに戻り、50万人が犠牲となった内戦後の武装解除にあたる。この後、氏の名を世に知らしめた、03年からのアフガニスタンでの武装解除がくる。この時の依頼人は日本政府だった。

 評者にとっては、軍閥支配下の24万人もの武装解除が何故うまくいったのか長らく謎だった。今回、福島高校の生徒たちが著者を丸裸にしてくれたおかげで、ようやく納得がいった。成功のカギは、伊勢崎氏が、当時国防次官の地位にあった若き軍閥のリーダーに目星をつけ、言葉によって彼を辛抱強く説得し続けたことにある。いわく、「平和国日本は、憲法上の理念と制約」がある、よって「日本国民の血税は、戦闘員を利することに使えない」のだと。言葉がひとを動かしてゆく。

 60億円もの国際支援金が欲しければ、武器を捨てて動員解除に応じろ、とも迫っただろう。だが、日本という国はアフガンを自国の利益追求の道具になどしないし、ましてそのための武力を用いない国だとの説得は、効果的でもあり信頼もされたという。日露戦争でロシアを敗北させたアジアの小国日本。太平洋戦争ではアメリカから広島、長崎に原爆を落とされた日本。アフガンの若きリーダーの目に日本は、アメリカとは別個の歴史と価値観に立つ国として映じていた。日本などアメリカの51番目の州だと思われているに違いないと決めてかかっている向きには衝撃的な事実だろう。

 若い魂が希求する本には、いかに生きるべきかとの大文字の問いが書かれていることが多い。大人の世界に参入する際の秘訣(ひけつ)が本書にきちんと書かれていたことは既に見た。そのうえで武装解除のくだりから次のことに気づかされる。

 この本には、日本という国が世界の中でいかなる地位を占めるべきなのかという、大文字の問いへの答えがしかと書かれている、と。かつて日本は、誤った国策に導かれ戦争をおこなった。だが、敗北後は粛々と武装解除し、戦後の70年間は戦争放棄の一枚看板でやってきた。この国の歩みそれ自体が、紛争多き国際社会において日本の持つ稀有(けう)な存在価値を保証するのではないか。若者と国家の双方に、生き方を指南できる本はそうそうない。
    −−「今週の本棚:加藤陽子・評 『本当の戦争の話をしよう−世界の「対立」を仕切る』=伊勢崎賢治・著」、『毎日新聞』2015年03月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150322ddm015070003000c.html


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