覚え書:「耕論:これからの安全保障 川上高司さん、柳沢協二さん」、『朝日新聞』2015年03月21日(土)付。

5_2

        • -

耕論:これからの安全保障 川上高司さん、柳沢協二さん
2015年03月21日

 日本の防衛と自衛隊の将来を左右する安全保障法制の基本方針について、自民、公明両党が正式に合意した。憲法の制約を受けてきた自衛隊の役割は大きく変わる。法整備の意味、これからの安全保障について、2人の識者に聞いた。

 ■普通の国に転換、代償覚悟を 川上高司さん(拓殖大学大学院教授)

 戦後日本の安全保障政策の歴史的な転換点と言えます。日本が普通の国になる道筋として、今やらなければならない喫緊の課題に踏み込んだと高く評価します。

 普通の国という意味は、まず自国の国益を考えてそれに資する防衛政策を立案し、次に国内法や国際法によって制約をかけるという手順を持つ国のことです。日本はこれまで長く他の国とは逆で、憲法9条という制約が先で、次に防衛政策の順でした。

 日本を取り巻く国際情勢は、中国が台頭する一方、米国のパワーが相対的に低下するなど逼迫(ひっぱく)しています。日本が集団的自衛権の行使を容認することで米国を巻き込み、抑止力を高めないとこの危機を乗り切れないと考えています。

 これまで日本の防衛は自主防衛と日米安保の2本柱で成り立っていましたが、対中融和に傾く米国から見捨てられないためにも、自前の自衛力を積極的に展開しなければなりません。自衛隊の活動をアジア・太平洋地域や中東地域に広げる必要があります。

 ただし日本の限られた予算や資源の中で、日本の防衛と国際的な活動の双方にどれだけウェートをかけるのか。そこは政策判断の大きなポイントになりそうです。

 他国の後方支援を盛り込む恒久法の制定も肯定的にとらえたい。米国の地域戦略は、従来の単独行動から多国籍で抑止を利かせる方向に変容しました。自衛隊が他国の後方支援を担うことは大事です。多国籍で活動すると、どうしても他国軍などを守る必要が生じます。

 駆けつけ警護や武器使用基準の緩和が認められることになりますが、これらは他国から見れば当然できることができず、自衛隊員もふがいなく思っていたかもしれない。

     *

 <その都度議論を> 今回の与党協議の合意内容をめぐり、歯止めが甘いという批判があります。しかし法的に厳格に縛ってしまうと政策の幅が狭くなり、柔軟な対応ができなくなります。結果的に日本の国益に基づく的確な政策判断ができなくなる可能性があります。

 自衛隊の活動が際限なく広がるのではないかという国民の不安もあります。しかし与党合意が想定するすべてを今の自衛隊がこなせるわけではありません。経験もなければ能力もない未知の領域ばかり。必要に応じて現実的な政策を一つずつこなしていく中で、その都度、さらに議論を重ねればいいのではないでしょうか。

 ただ、自衛隊を積極的に活用することによって、代償が出てくるのは避けられません。

 例えば派遣先で民間人を誤射するとか、逆に自衛隊が犠牲になるとか。しかし、本当に国際社会の一員となるためにはこれは覚悟しなくてはならない試練だと思います。その時、指導者である首相がどう反応するか。そのスタート地点に立つことになります。

 とりわけ自衛隊員の死傷者が出た場合に、国としてどう対応するのかが大事なポイントです。国会で具体的な法案を議論する際に、しっかりと検討してもらいたい部分です。

     *

 <歯止め残す必要> 昨年7月の閣議決定に続く今回の与党合意で、日本は国際社会からは「ルビコン川」を渡ったととらえられています。新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)の策定作業は一気に進むでしょう。今後、米側から様々な要望が出てくるのは明らかです。

 その際、米国から強く要求されて引きずられてしまうと、日本の国益を損なうような事態も考えられます。例えば、現行の周辺事態法の「周辺」をはずす方向とされていますが、地域的な制限をある程度かけておかなければ歯止めがなくなる恐れがあります。

 日米の力関係からすると米国の方が圧倒的に立場が強い。米国に言われたらやらざるをえない。その時に日本にはこういう仕組みがあるからできない、「ノー」を言える仕組みをどこかに残さないといけないと思います。

 公明党が求めた、派遣に歯止めをかける「3原則」はごく当たり前のことを書いているだけでちょっと弱い。国会でじっくりと議論し、英知を結集してほしいと考えています。

 (聞き手・谷田邦一)

     *

 かわかみたかし 55年生まれ。専門は安全保障。大阪大学で博士号。防衛研究所主任研究官などを経て現職。著書に「米軍の前方展開と日米同盟」。

 ■自衛隊のリスク、確実に拡大 柳沢協二さん(元内閣官房副長官補)

 今回の安全保障法制議論の一番のポイントは、政府が自衛隊をいつでも派遣できるようにする恒久法(一般法)の制定です。その本質は、自衛隊をインド洋に派遣したテロ特措法やイラク特措法より、活動の中身を一気に拡大させることにあります。一方、どんなケースを想定して恒久法が必要なのか具体例が示されていません。それでも政府が恒久法整備を目指すのは、政治のフリーハンドを増やすのが狙いです。

 私は自衛隊イラクに派遣していた当時、首相官邸で安全保障・危機管理担当の内閣官房副長官補でした。当時、航空自衛隊は輸送任務でバグダッド空港まで行きました。新たに作る恒久法では、そこから先の戦闘部隊がいる場所まで輸送できるようになる。それは非常に緊急性の高い輸送です。政府案は戦闘が起きたら輸送を中断する仕組みになっていますが、戦闘を行っている部隊の指揮下に入ることになれば、輸送を中断するわけにはいかないでしょう。

 これは、危険性の質がイラク派遣とは劇的に変わることを意味します。イラク自衛隊はあえて目立つグリーンの迷彩服を着ましたが、ヘリを使って前線部隊の集積地まで物資を運ぶことになれば、米軍と同じ砂漠仕様の迷彩服にしなければならない。米軍との区別がつかなくなるうえ、敵対勢力からすれば、そのような輸送部隊を一番狙いやすい。

     *

 <政治も問われる> 自衛隊派遣の前提だった「非戦闘地域」という概念は、憲法上のつじつま合わせだけではなかったと思います。実質的に自衛隊を戦闘部隊の指揮下に入れず、直接の戦闘に巻き込ませないという意味があった。この概念を廃止して活動範囲を広げれば、今までより確実にリスクは高まります。イラクでは何とか戦死者を出さずに済みましたが、あれ以上のことをやれば必ず戦死者が出ると思います。

 これまでの与党協議で決定的に欠けていることは、自衛隊に戦死者が出るというリスクを政治家がどこまで負うことができるか、という議論です。首相が自衛隊に「そこで死んできてくれ」と言えるかどうか。それだけの政治の覚悟が問われているのです。

 今回の安保法制には、自衛隊の海外における武器使用基準の拡大も盛り込まれました。イラク派遣の時、自衛隊ができない治安維持任務を負っていたのはオランダ軍とオーストラリア軍でした。極端に言えば、自衛隊が襲われた時は助けてもらうが、オランダ軍が襲われても自衛隊は助けに行けなかった。そういう問題点を指摘する人はいましたが、現実にそういう場面はありませんでした。

 むしろ、護身用の武器を持っていた自衛隊がそれを使わないように一生懸命努めたことで、相手から本格的に攻撃される目標になりませんでした。もし、自衛隊イラクで銃を撃ち、地元住民と敵対関係になっていたら、決して安全ではいられなかったでしょう。

     *

 <非戦アピールを> いま問われているのは、武器を使ってでも任務を拡大するか、武器を使えない制約はあっても日本しかできない道を追求するかという選択です。前者を選べば、自衛隊に戦死者が出るリスクは格段に高まるし、日本の立ち位置ががらりと変わってくる。

 確かにイラク戦争当時とは国際情勢が大きく変わりました。米国が簡単に戦争できなくなる一方で、中国の軍事大国化は誰も防げません。防がなければいけないのは、軍事力を背景に中国が乱暴な現状変更を押し付けてくることですが、米国は日本に対し、簡単に自衛隊を出して緊張を拡大してほしいとは思っていない。自衛隊が今までより格段にリスクの高い任務を海外でやるから、米国は日本を見捨てないかと言えば、そういうバーターも成り立ちません。

 安倍晋三首相が目指しているのは、力を背景にした大国外交の道ではないでしょうか。でも日本は大国ではない。むしろミドルパワーと認識し、70年間戦争してこなかったことを世界にアピールすべきです。積極的平和主義は非軍事分野ではいいと思いますが、軍事に軸足を置くと、日本の立場ではリスクだけが大きくなり、得るものは少ないと思います。

 (聞き手・石松恒)

     *

 やなぎさわきょうじ 46年生まれ。防衛庁官房長や安全保障・危機管理担当の内閣官房副長官補などを歴任。著書に「検証 官邸のイラク戦争」など。
    −−「耕論:これからの安全保障 川上高司さん、柳沢協二さん」、『朝日新聞』2015年03月21日(土)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S11661542.html





51

Resize1707

米軍の前方展開と日米同盟
川上 高司
同文舘出版
売り上げランキング: 321,250