覚え書:「書評:指の骨 高橋 弘希 著」、『東京新聞』2015年03月22日(日)付。

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指の骨 高橋 弘希 著

2015年3月22日
 
◆病と死の恐怖を凝視
【評者】池上冬樹=文芸評論家
 避暑地小説ならぬ避戦地小説である。あるいは戦中のサナトリウム小説か。太平洋戦争末期の南方の戦線で負傷した若き兵士の「私」の視点から、野戦病院での兵士たちの日常を丹念に追っている。
 文体は端正で冷静。絵を描き続ける兵士の狂気や医師の穏やかな諦観と絶望などが巧みに捉えられているが、あくまでも視覚中心なので、血の臭いも、森の匂いも、夏の暑さも、湿気も乏しい。消臭と冷房のきいた清潔な空間のようだ。多くの戦争小説を読み込んだ上でのスタイルならいいが、冒頭の偶発的な殺人はディヴィッド・グターソン『殺人容疑』、終盤の屍(しかばね)の脇を通る敗走は帚木蓬生(ははきぎほうせい)『蛍の航跡−軍医たちの黙示録』などの圧倒的な叙述力と比べると見劣りする。
 いや、そもそも人間の悲しい生と死を捉えたいのが作者の目的ならば、比較するのはおかしいか。あえて非戦闘地域を選び、戦争を借景にして、病院内での病と死の恐怖を凝視しているからである。
 本書は戦争文学としてリアリティがあると評価されているが、ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』他の名作を読んでいればそう思わないはず。いかに戦争小説が読まれず、戦争が視覚的なニュース映像でしかないことを表している。三崎亜記『となり町戦争』もそうだが、日本では戦場をリアルに喚起しない観念的な戦争観こそリアルなのだ。
(新潮社・1512円)
 たかはし・ひろき 1979年生まれ。昨年、「指の骨」で新潮新人賞受賞。
◆もう1冊 
 ティム・オブライエン著『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳・文春文庫)。ヴェトナム戦争を題材にした短篇集。

    −−「書評:指の骨 高橋 弘希 著」、『東京新聞』2015年03月22日(日)付。

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