覚え書:「読書日記:著者のことば ねじめ正一さん」、『毎日新聞』2015年03月31日(火)付夕刊。

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読書日記:著者のことば ねじめ正一さん
毎日新聞 2015年03月31日 東京夕刊
 
 ■認知の母にキッスされ(中央公論新社・1890円)

 ◇妄想と向かい合って

 認知症の母を介護する日々を描いた長編小説。「サングラスをかけたアブナイ詩人」(エッセー集「おふくろ八十六、おれ還暦」)が、妻からは「大マザコン」と呼ばれるほど長時間、母の近くで過ごすようになり、生活が介護一色になっていく。

 「2010年秋に、母の妄想が強くなった。それを聞いていて妄想の言葉って自分が書いてきた詩や評伝よりスゴイ! 母の妄想に引っ張り込まれた」

 当初、あまりに荒唐無稽(むけい)な言葉の束に押され、気持ち悪くなって、吐き気をもよおしたりしたという。

 「オウムの鳴き声みたいな甲高く大きな声で、訳の分からない話を聞かされ危機感さえあった。でも、言葉の持つ意味不明な何かを正面から受け止めるようになっていったのです」

 「長い小説は、もう書けないと考えたりもしたが、小説を無理に書かなくてもいい、エッセーの延長線上で書ければ、それもいい。ストーリー性より、私が若いころ目指していた言葉がガンガン飛んでいくようなものが書ければ、と」

 ただ、妄想は母−息子という特別な関係の中で伝えられる。リーダブルな物語にするのは大変だった。

 「妄想を整理して読者に届けるのが私の仕事。妄想を理解しようとしながら、苦労して作り上げました」

 一方、母の妄想には長年の家族の生活が刻印されている。ねじめ家特有の歴史も赤裸々に語られる。

 「どこか根拠があるようで本当のことを言っているようでもあり、単なる妄想として聞き流せない。トンチンカンな話が突然、別の方向へと進んでいったりもする。そこを右往左往するのが認知症ではないか」

 母子の強い絆。鋭い感性によりふるいをかけられた言葉で表現され、ユーモアさえ感じさせる温かな情感が全編を流れている。

 「母の妄想によって左右される小説になった。人生とは何かを象徴するような言葉が出てきたと思ったら突然ぐちゃぐちゃになる。ただ、人生って、そういうものじゃないか。ちゃんと流れているようで、ある時とんでもない流れになり、落ちていってしまう。妄想はそれを暗示しているようにも思いました」<文と写真 桐山正寿>
    −−「読書日記:著者のことば ねじめ正一さん」、『毎日新聞』2015年03月31日(火)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150331dde012070006000c.html








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ねじめ 正一
中央公論新社
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