覚え書:「書く人:人間の化けの皮はがす 『臣女(おみおんな)』 作家 吉村 萬壱さん(54)」、『東京新聞』2015年03月29日(日)付。

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人間の化けの皮はがす 『臣女(おみおんな)』 作家 吉村 萬壱さん(54) 

2015年3月29日
 
 「妻、巨大化。」。単行本の帯に書かれた惹句(じゃっく)におののく。主人公は売れない小説家の四十男。本業の高校講師は非常勤に降格されたばかり。あげく若い女との浮気が、妻にばれた。そして妻の体は、骨がきしむ不気味な音を立てながら変形し、どんどん大きくなり始めた−。
 作品はホラー小説のつもりで書き始めたという。自分が「怖い」と思うことは三つ。「浮気がばれること、妻が心身共に壊れること、介護すること」
 グロテスクな描写に読む手が止まらなくなる。
 主人公は異形の妻を家に閉じ込め、浮気の罪悪感もあって食事と排泄(はいせつ)の世話に明け暮れる。トイレ代わりの浴槽は寄生虫が泳ぐ汚物のプールに。それを必死に排水口から押し流す傍らで、妻は冷凍肉にかじりつく。やがて強烈な異臭によって近所の住民が騒ぎ出す。行き場を失った男は、身長五メートル超の妻をトラックの荷台に乗せ、海へと向かう。
 巨大化した人間に社会の受け皿はない。認知症の肉親の介護地獄を描いているようにも読める。妻が夫の浮気を責める心理戦の描写は、どこか島尾敏雄の小説『死の棘(とげ)』に通じる。一方で、日常に巨人が突然出現するすっとんきょうさは、昔から大好きだという『今昔物語集』の説話に描かれる世界のようだ。
 そして全編を貫くのは、うんざりするような「リアル」。吉村ワールドの特徴は、身体感覚を露悪的なまでに克明に描くこと。「人間は食べて出して脱皮を繰り返す一本の管」という視点で、夢だロマンだという情緒性を容赦なく引っぺがしていく。なぜそこまで。
 「世界では二十世紀の百年で一億人が殺し合いで死んだという。愛や正義を叫びながら、爆弾を落としまくる。宇宙人が見たとしたら危険極まりない存在。身体性を重視して、徹底的に醜さを描くことで、化けの皮をはがしたいんです」
 デビューは四十歳。東京と大阪で二十七年間、倫理の高校教諭と支援学校の教諭を務めた。「ハリガネムシ」で芥川賞に。昨年は原発事故後の日本を想起させる反ユートピア小説『ボラード病』が絶賛された。
 小説を書くことは、取りつかれたようにはがし続けること。「人間に救いがあるとすれば、最後に残るものだと思う。祈りや願いのようなものは、あるんじゃないかと」。徳間書店・一八三六円。 (出田阿生)
    −−「書く人:人間の化けの皮はがす 『臣女(おみおんな)』 作家 吉村 萬壱さん(54)」、『東京新聞』2015年03月29日(日)付。

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