覚え書:「インタビュー 核といのちを考える:破滅避けるために ジェームズ・カートライトさん」、『朝日新聞』2015年03月27日(金)付。

5

        • -

インタビュー 核といのちを考える:破滅避けるために ジェームズ・カートライトさん
2015年03月27日

(写真キャプション) 「最終目標は、米ロだけでなく、世界中どこでも核ゼロでなければならない」=ワシントン、ランハム裕子撮影

 米国とロシア(旧ソ連)は冷戦時代から、戦略核兵器を即座に発射できる態勢を常時とり続けてきた。機器故障や一瞬の判断ミスが、世界を破滅に導く。そのリスクをいかに除くのか。米軍制服組ナンバー2の統合参謀本部副議長を務め、今は核兵器廃絶をめざす国際NGOでこの課題に取り組むジェームズ・カートライトさん(65)に聞いた。

 ――米軍のトップ級まで務めながら、退役後、NGOのグローバル・ゼロに加わったのはなぜですか。

 「核兵器は、とてつもない破壊力を持っています。市民社会や重要なインフラ、そして環境に対して、戦場を超えたダメージが広がってしまいます。信頼できる科学的予測によると、一定量核兵器が使用されると、この惑星の生命に長期にわたって壊滅的な打撃を与えます。『人類存亡の脅威』とも言うべきものです。かといって、いったん発明された核兵器を発明されなかったことにはできません。私たちができることは、同じ考えを持つ国々で、使用や保有を禁止する合意をつくっていくことです。グローバル・ゼロは核ゼロという目標をゴールに設定しており、それを支持しています」

 ――オバマ大統領は2009年、「核兵器なき世界」をめざすと宣言したプラハ演説で「冷戦は消えたが何千もの核兵器は消えなかった。歴史の奇妙な展開ではあるが、地球規模の核戦争の脅威は去ったものの、核攻撃のリスクはむしろ高まった」と語りました。同じ意見ですか。

 「オバマ大統領の語ったことに私も同感です。国家同士の地球規模の核戦争は想定外のことになりました。その一方で、核兵器を(テロ集団など)非国家の組織体に提供するような国が出てくれば、その結果として、核兵器が使われることは想像しえないことではなくなり、核攻撃のリスクも高まるといえます」

 ――プラハ演説の新しさはどこにあると考えますか。

 「核兵器に頼らない、その代わりとなる戦略や軍事的手段へと進みましょうと、オバマ大統領はリーダーシップを示しました。今はもはや冷戦時代ではありません。国家安全保障の課題や、安全保障を実現するための機会は進化の過程を経てきたし、これからも進化するでしょう。こうした課題に対処するために核兵器を使う必要性は減っています。オバマ大統領は、核兵器への依存を減らす取り組みをリードしていく決意を表明したのです」

 「そして、核保有に野心を燃やす一部の国に自制を呼びかける道筋ができました。(11年に発効した新戦略兵器削減条約〈新START〉のように)米ロが核への依存をさらに減らし、核兵器の更新を控える流れも生みました」

     ■     ■

 ――オバマ大統領は今、この問題にどう関わろうとしていますか。

 「さらに進めたいと思っているでしょう。ただ、個人的見解ですが、オバマ大統領は進めようとしても、ロシアのプーチン大統領は違います。(ロシアが一方的に併合した)クリミア危機については二つの異なる見方があります。核兵器が万能薬だと考える人々は『ほら、世界から核兵器をなくしていたら事態はもっと悪化していたはずだ』と言い、逆の見方をする人々は『クリミアに核兵器を残していたら事態はもっと悪化していただろう』と言います。私は、核兵器が事態を安定化させるより不安定化させていることに気づいている人の方が多いと思います」

 ――クリミア危機でプーチン大統領は、核兵器の警戒態勢を一段と高める検討をしたといいます。

 「実際の能力以上の脅しによって何が生じるか。それが心配です。核兵器への警戒態勢をいったん上げれば、それを解くのは困難ですから」

 ――プーチン大統領の発言は小型の戦術核を念頭に置いたものかも知れませんが、そもそも米国とロシアは、大型の戦略核を即時発射できる高度警戒態勢をずっと続けてきました。

 「大陸間弾道ミサイルICBM)は数十分で相手国に届きます。決定する時間はあるといっても、長くはありません。(報復の判断までの)思考時間が短すぎるので、警戒を怠れないのです。米ロは『使うか、失うか』という考え方による戦略をつくりました。お互いにミサイル発射場や潜水艦など核兵器の配備場所を把握していたので、いったん核戦争が始まれば、(相手の核ミサイルが着弾する前にこちらの核兵器を発射〈使用〉しておかないと)一瞬のうちにそれらを失うことになる、と想定していました」

 「高度警戒態勢にある限り、報復攻撃の前に相手の発射情報や早期警報を検証するために必要な『意思決定の時間』が、ごく限られたもの、あるいはほとんどない状態になります。さらに、核兵器が老朽化し、安全管理に緩みが出てくれば、事故や核兵器の盗難、意図しない核戦争の恐れを高めてしまいます」

     ■     ■

 ――グローバル・ゼロの活動で、警戒態勢の解除を提唱しているのはそのためですね。

 「高度警戒態勢をやめれば、(報復するかどうか)決断するまでの時間は増えます。敵の意図を見極めるまでの時間を確保できれば、核兵器使用以外の代替手段で対処することも可能になります」

 「私は、高度警戒態勢の代替手段は、信頼できる防御兵器など(核兵器ではない)通常兵器だと思っています。それによって、相手に先制攻撃をしても無駄だとわからせることができると考えています。『使うか、失うか』の考え方から抜け出せれば、警戒解除はできるでしょう」

 ――「核の傘」の下にいる日本には警戒解除をどう説得しますか。

 「まず、現在の外交的手段や軍事的手段で達成できないものとは何なのかを、きちんと整理することです。核使用にエスカレートするような脅威とは何かを特定することも必要です。そのうえで、核戦争は失敗でしか終われないということをもっと理解させるように、ミサイル防衛を含めた防衛力に投資することです。同じ考えを持つ国同士で防衛協力を深めることも必要でしょう」

 ――代替兵器開発の軍拡競争を避けるためには、東アジア地域での軍備管理態勢が必要ではないですか。

 「軍備管理の役割は広がっています。二国間や多国間の規範や態勢、条約といった措置のほか、訓練や査察といった各国が合意した信頼醸成措置もあります。これらによって、戦争が起きるリスクは減らせます。核兵器からその代替手段への移行期をどうしのぐか。外交や査察による信頼醸成ができれば、誇大妄想はなくなっていくでしょう」

 ――こうした軍備管理や信頼醸成は、世界が核ゼロに向かうための初期段階の措置ということですか。

 「その通りです。一度発明されてしまった核兵器を発明されなかったことにはできない以上、ゼロにするという決定のみで核兵器がゼロになることはおそらくないでしょう。そうであっても、果てしない旅であるとしても、どんな決定や価値判断であれ、(ゼロの)ゴールに近づいていくものかどうかで評価していかなければなりません」

 (聞き手 論説委員・吉田文彦、田井中雅人)

     *

 James Cartwright 1949年生まれ。核兵器を担当する米戦略軍の司令官を務めた後、07〜11年に統合参謀本部副議長。元海兵隊大将。

 <取材を終えて>

 高度警戒態勢とは、米ロ双方が拳銃の引き金に指をかけ、相手のこめかみに突きつけているようなものだ。しかも、引き金が引かれてしまえば、たとえそれがうっかりミスによるものであっても、元には戻せない。人類の文明は壊滅的な打撃を受け、地球環境も激変するだろう。

 核抑止の必要性を否定しない専門家でも、高度警戒態勢は不要と強調する意見は根強い。信頼できる報復力さえ確保していれば、相手の先制核攻撃を思いとどまらせる抑止力は機能するとの考えからだ。その意味では、高度警戒態勢は危険極まりないだけでなく、無用の長物とも言うべきだ。警戒態勢の転換は、思いきった核軍縮、核に頼らない安全保障体制への道を開く手立てでもある。

 国連総会でも、発射準備態勢の見直しを促す決議が圧倒的な多数で採択されてきた。グローバル・ゼロは、高度警戒態勢の解除について国際合意を求める報告書を4月末に発表したあと、具体的な外交交渉を有志国で始めるよう促す方針だ。

 核弾頭をミサイルから離して保管しておく。たとえば、それを国際ルールにすれば、高度警戒態勢をなくせる。「核の傘」の下にいるからと腰をひくのではなく、日本がそうした交渉を先導することこそ、「積極的平和主義」の実践ではないか。

 (吉田文彦)

 ◆キーワード

 <グローバル・ゼロ> 米国から始まった国際的な核兵器廃絶運動。カーター元米大統領ゴルバチョフソ連大統領らが賛同人に名を連ね、2008年12月にパリで設立総会を開催。世界各地の政府や軍の元幹部らが加わる。09年には、30年までに4段階で核ゼロをめざす行動計画を提唱した。核兵器の常時発射態勢のリスクに関して専門家委員会を設け、カートライト氏が委員長を務める。高度警戒態勢解除の国際合意を求める報告書を4月末にまとめる予定。
    −−「インタビュー 核といのちを考える:破滅避けるために ジェームズ・カートライトさん」、『朝日新聞』2015年03月27日(金)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S11672120.html





51

Resize1798