覚え書:「今週の本棚・本と人:『東北朝市紀行』 著者・池田進一さん」、『毎日新聞』2015年04月05日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『東北朝市紀行』 著者・池田進一さん
毎日新聞 2015年04月05日 東京朝刊


 (こぶし書房・1944円)

 ◇消えつつある「商売の原点」 池田進一(いけだ・しんいち)さん

 北陸新幹線が華々しく開業したことで「日本三大朝市」の一つ、能登半島・輪島もさぞ観光客でにぎわっているだろう。

 写真家の著者が夜汽車にゆられゆられて、年の瀬の輪島を訪れたのは20年以上昔のことだ。「何か買(こ)うでぐだあー」。露店のあちこちで頬かむりをしたおばさんが大声で客を呼びこむ姿は活気にあふれ、初めて目にする海山の産品を教わった。彼女らからすれば<僕は息子や孫のように見えたのかもしれない>と感じた著者は次第に市場の魅力にはまってゆく。

 当時27歳。人と話すのが苦手だったという。「ずっと悶々(もんもん)としていた。時刻表を見ていたら、ふと遠くへ行って何かに出合いたくなったんです」。山へ出かけ、風景写真を撮るようになった。腕を上げようと、仕事帰りに写真学校に通った。そこで「人とコミュニケーションをとれなければ、レンズを人に向けられない」と気付く。そんな時、朝市を特集した雑誌が偶然目に留まり、輪島へ向かったのは冒頭記した通りである。

 やがて秋田を中心とした東北へと足が向いた。狙いは、毎月決まった「市日(いちび)」に立つ朝市だ。地べたで商売するおばさんの話を聞くには、目線を低くしなければならない。ローアングルで撮りやすい二眼レフカメラを使い、彼女たちの自然な表情を切り取った。

 本書の最大の特徴は、方言でつづった彼女たちの独白にある。何度も通って、ようやく<ここさ座って下さい、話しっこしましょ><あたってください。寒いから火っこありますから>と言ってもらえるようになった。<旬のものは旬、今食べないと>と大切なことを教わり<お嫁にきたのは十六だった><なかなか楽でねい商売だ>と苦い胸の内が明かされる。中でも岩手・久慈で聞いた真実の言葉は胸を打つ。<男も女もみんな骨で稼いだ>と。

 久しぶりに訪ねると、街が変わり、朝市自体が消えていることもあるという。表紙に収まった温かくほほえむおばさんも既に亡い。「20年の歳月の重みを感じます。商売の原点は、売り手の顔が見える朝市にある。豊かな時代というけれど、人間同士のコミュニケーションはとれていない気がしますね」<文・中澤雄大 写真・藤原亜希>
    −−「今週の本棚・本と人:『東北朝市紀行』 著者・池田進一さん」、『毎日新聞』2015年04月05日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150405ddm015070075000c.html








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