覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『危機と雇用−災害の労働経済学』=玄田有史・著」、『毎日新聞』2015年04月05日(日)付。

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今週の本棚:大竹文雄・評 『危機と雇用−災害の労働経済学』=玄田有史・著
毎日新聞 2015年04月05日 東京朝刊

 (岩波書店・2808円)

 ◇大震災の教訓踏まえリーダー育成を

 「忘れないでほしい」。これは、著者が「今、被災地の人が一番に望んでいることは何だと思うか」と被災地の友人に質問した際の答えだ。

 本書は、私たちが「忘れてしまわないように」東日本大震災が雇用にどのような影響を与えたのかを様々なデータをもとに一般の人にも分かるよう記述したものだ。本書を読めば、今後発生する災害時の雇用問題を最小にするために、私たちが今何をすべきなのかを理解できる。

 著者である労働経済学者の玄田有史氏は、東日本大震災復興構想会議の下部組織である検討部会に「雇用」の専門家として参加した。本書には、復興対策を間近で見てきた著者の知識が十分に活(い)かされている。

 震災が雇用に与えた影響を分析するには、震災前の状況を知る必要がある。そのため、震災の2年6カ月前に発生したリーマン・ショックの影響から著者は分析を始める。そして、リーマン・ショックの際に取られた雇用対策が、震災後の雇用対策に幸運にも役立ったことを指摘する。具体的には、「雇用調整助成金」の拡大、「雇用創出基金事業」、「緊急人材育成支援事業(基金訓練)」の3つである。

 雇用調整助成金は、一時的な不況に対し、余剰となった従業員を休業や教育訓練という形で雇用維持する場合、その費用を補助するものだ。リーマン・ショックという一時的な危機に対し、この制度の拡充が有効だったという経験が、東日本大震災で775万人の雇用を守ることにつながったと著者は評価する。

 基金事業による雇用創出という仕組みは、自治体の主体的な判断で活用できるため、柔軟性が高くスピード感があり、非常に有効だった。「今後起こるかもしれない緊急事態に際しても、基金事業の活用は、雇用創出という面では一定の効果を発揮することが証明されたといってよいだろう」と著者は述べる。それが震災後の対策に活かされたのだ。

 著者の推計によれば、震災によって仕事に影響を受けた人は全国で570万人、離職や休職に追い込まれた人は同じく226万人だ。中でも、若者、派遣社員、中卒や高卒の人たちといった人的資本の蓄積が少ない人たちに、より大きな影響があった。さらに、震災に伴う避難や移転は、地域における社会的共通資本の喪失をもたらすことで就職を困難なものにしていた。

 明るい事実もある。日本の製造業では、震災で休職や離職する人が多かったが、1年半後にはその大部分が再び製造業の仕事に戻って働いた。これは、日本に残っている製造業は危機を乗り越える術を身につけてきたからだと著者はいう。

 復興してきた企業にはいくつかの特徴がある。第一に、独自の技術力をもっていたこと、第二に、経営者にリーダーシップがあること、第三に、営業力があること、第四に、金融機関との信頼関係があることだ。

 特に、リーダーシップと企業の復興との関連は興味深い。平常時では職場のチームワークを確立することが雇用の安定につながるが、危機の場合は、経営者のリーダーシップがないと、困難を乗り越えることができないことが数値で示されている。協調性のある労働者を育成してきた日本で、リーダーシップを発揮できる人材の育成が可能なのだろうか。「想定にとらわれない」「つねに最善をつくす」「率先して行動する」という岩手県釜石市の防災三原則に基づく教育の成果から、防災教育がリーダー人材の育成に有効だという著者の指摘に希望がもてる。
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『危機と雇用−災害の労働経済学』=玄田有史・著」、『毎日新聞』2015年04月05日(日)付。

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危機と雇用——災害の労働経済学
玄田 有史
岩波書店
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