覚え書:「今週の本棚・この3冊:数学 神永正博・選」、『毎日新聞』2015年04月19日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:数学 神永正博・選
毎日新聞 2015年04月19日 東京朝刊

 <1>定理が生まれる 天才数学者の思索と生活(セドリック・ヴィラーニ著、池田思朗・松永りえ訳/早川書房/2808円)

 <2>ふたりの微積分 数学をめぐる文通からぼくが人生について学んだこと(スティーヴン・ストロガッツ著、南條郁子訳/岩波書店/2052円)

 <3>新・数学の学び方(小平邦彦編/岩波書店/2808円)

 「数学者とは、真っ暗な部屋の中で何も見えないまま、黒い猫を、しかもそこにはいないかもしれない猫を探し続ける人のようなものだ」とダーウィンは言った。

 『定理が生まれる』では、ヴィラーニが定理の証明に格闘する過程が生々しく描写されている。2009年、彼はランダウ減衰に関する成果をあちこちで話した後、自らの証明の致命的な間違いを発見してしまう。論文に直しを入れながら、「もううんざりだ!」と叫んだ。55回目の修正だった。

 『ふたりの微積分』は、高校の数学教師ジョフリーと生徒(ストロガッツ)との30年にわたる文通の記録だ。生徒は数学者を目指しているが、大学で抽象的な数学の講義に打ちのめされる。家族からは医者になれとさんざん勧められ、医学部進学課程へ。実験でも「何でそんなに時間がかかるのよ!」と教育助手に罵倒されるのだが−−。

 窮すれば通ず。葛藤の末、専攻を数学に変えてからは一直線に研究へ邁進(まいしん)し、複雑系ネットワークの世界に革命を起こした。ヴィラーニも最終的に、173ページに及ぶ大論文を書き上げる。この論文がフィールズ賞の授賞理由となった。2010年、インドのハイデラバードで行われた授賞式の現場に私もいたが、赤く大きな蝶(ちょう)ネクタイを着けて壇上に上がったヴィラーニは誇りに満ちていた。

 『新・数学の学び方』では、日本を代表する数学者たちの意外な着眼をみることができる。東京大学教授の河東泰之氏は、「学生時代の秀才度と、数学者として活躍するかどうかの相関は高くない」と指摘する。物事の飲み込みが早くても、創造的な仕事ができるとは限らない。目立たなかった人が、のちに世界的な大物になることも少なくないという。「証明を繰り返し書いて覚えてしまうと、自然にわかるようになる」ことも複数の数学者が指摘している。証明の丸暗記は困難なので、自然と思考のプロセスを経ることになる。つまり、記憶と思考とは無関係ではない。知識と独立した思考力とは空想の産物なのかもしれない。頭だけでなく、身体を通して鍛えられるのではないか。

 結局は、粘り強く考え続けることが私たちを正解へと導く。どれほどの偉業も手探りから始まっている。手探りを楽しめるあなたは、数学に限らず、いずれ大きな成果を手にするだろう。
    −−「今週の本棚・この3冊:数学 神永正博・選」、『毎日新聞』2015年04月19日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/m20150419ddm015070013000c.html



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