覚え書:「今週の本棚・本と人:『ジェロニモたちの方舟』 著者・今福龍太さん」、『毎日新聞』2015年04月19日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『ジェロニモたちの方舟』 著者・今福龍太さん
毎日新聞 2015年04月19日 東京朝刊

 ◆『ジェロニモたちの方舟(はこぶね)』 (岩波書店・3672円)

 ◇「力の原理」に抗する詩的共鳴 今福龍太(いまふく・りゅうた)さん

 副題は「群島−世界論<叛(はん)アメリカ>篇」。7年前に出した評論『群島−世界論』の続編に当たる。「群島−世界」とは、近代西洋文明の「大陸原理」を反転し、豊かな偶然をはらむ生命本来の創造性に満ちた世界像を示している。

 本書ではアメリカ的な「力の原理」への批判が軸だ。「近代日本に最も影響を及ぼしたのはアメリカです。日本は戦後、半ば<アメリカ>を生きてきましたし、その政治・経済的な原理は今や世界を覆い尽くしています。追随の姿勢を問い直すとしても、単に<アメリカ>に敵対すれば済む話ではありません」

 アンチの「反」でなく「叛」を用いたのはこのためだ。「ジェロニモ」はアメリカの対インディアン戦争で白人に抵抗したアパッチ族の戦士の名で、「群島的な抵抗原理の符丁」として使っている。アメリカ的なグローバリズムの現実を自覚しつつ「叛乱」の系譜をたどった本だ。

 「チリ九・一一、詩のジェノサイドに抗して」と題する章がある。1973年9月、軍部クーデターによってチリの社会主義政権が倒された。直後に没したノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの墓が40年後、死因の再調査のため掘り起こされたニュースから、この章は始まる。ネルーダは革命政権を支持していた。

 その「もう一つの9・11」の時、同国にいたアルゼンチン生まれの作家やドイツ出身の経済学者らの言葉が引用され、アメリカを後ろ盾にした軍事政権によりチリが「低開発」にとどめ置かれた状況が明らかになる。そのうえで、ベトナム戦争のジェノサイド(大量殺戮(さつりく))を告発したネルーダが、生前最後の詩集に記した「決死の抵抗」の呼びかけが引かれる。「当時は黙殺された詩集です。埋もれた地層から掘り出し、光を当てたいと考えました」

 写真家の東松照明らの仕事を通し、被爆地・長崎、沖縄とキューバの米軍基地を結ぶ「想像力の海」が描かれる章も印象深い。「直線的な歴史の時間軸に追従するのではなく、相対化すべきです。例えば70年前に何があったかを自らに、そして世界に突きつけ続ける時間感覚が必要だと思います」

 思いもかけぬ人と人、場所と場所が自在に結び付き、詩的な共鳴・共振が生まれる。80年代初頭から中南米をはじめ世界各地に滞在し、研究と思索を重ねてきた文化人類学者の体験が、ここに脈打っている。<文・大井浩一 写真・森田剛史>
    −−「今週の本棚・本と人:『ジェロニモたちの方舟』 著者・今福龍太さん」、『毎日新聞』2015年04月19日(日)付。

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