覚え書:「敗戦70年、往復書簡かなわず ギュンター・グラスさんを悼む 作家・大江健三郎」、『朝日新聞』2015年04月17日(金)付。

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敗戦70年、往復書簡かなわず ギュンター・グラスさんを悼む 作家・大江健三郎

2015年04月17日

(写真キャプション)写真・図版ギュンター・グラスさん=2014年、AP

 それぞれの国の敗戦から五十年目のある日、ドイツから往復書簡を呼びかける手紙が届きました。差出人は、私が英訳の『ブリキの太鼓』を読んで、その大きさ・深さに圧倒されていたギュンター・グラス。私が答える勇気を得たのは、相手が私に手紙を書く理由を次のように示してくれたおかげです。

 《なぜなら、あなたも私と同様、戦争世代の子どもであり若者のひとりであるからです。私たちはふたりとも、戦後を終わらせることはできないことを、ひしひしと感じずにはいられません。あなたも私も、ドイツ人と日本人によって引き起こされた犯罪が長い影を投げているのを、年とともにますます意識するようになりました。》

 あれから二十年たったこの三月、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が訪日に先だって注意深く準備された、ビデオ声明と東京での講演、インタヴューに、とくにそこでの《私は長年、平和的な核利用を支援してきた立場だ、と強調した上で「ドイツの平和的な核エネルギーの時代は終わる。私たちは別のエネルギー制度を構築するという決定だ」と表明。脱原発は「あくまで政治的な決断だった」と発言した。最後に判断するのは政治家であると、暗に示したとみられる。》という報道に感銘しました。(朝日新聞

 そこには福島第一原発事故を引き合いに出して《「素晴らしいテクノロジーの水準を持つ日本でも、やはり事故が起きる。現実とは思えないリスクがあるのだと分かった」と指摘》してもあるのですが、そのメルケル首相が東京で会談する安倍首相を「最後に判断するのは政治家」だと意識しておられるのは誰の目にもあきらかだったでしょう。

 ところが報道によるかぎり、安倍首相はそれを完全に無視しました。メルケル首相が日本まで来て、どうしてこれだけ切実に核廃絶を説かれたか。ヨーロッパであれ東アジアであれ、核廃絶は一国でなしとげうるものではないからです。そして一国での事故による核爆発が、核による全世界の破滅につながり、いったんそこへ動き始めれば、人間によって押しとどめることはできぬからです。

 そのメルケル首相が、再生可能エネルギーの推進や脱原発で日本とドイツが足並みをそろえるべきだと考えを示された時、わが国の首相は受けつけなかった。これがいま現在の日本、日本人の状況だと、私は二十年ぶりで、ギュンター・グラスに往復書簡を再開する提案を書いていました。

 そして四月十三日の、偉大な作家の訃報(ふほう)に接しなければならなかったのです。

 ■20年前、核廃絶の願い交わす

 ギュンター・グラスさんは1927年、ダンチヒ(現ポーランドグダニスク)生まれ。13日、87歳で死去した。現代ドイツを代表する作家だった。

 17歳で召集され、終戦を米軍の収容所で迎えた。59年、代表作となる長編『ブリキの太鼓』を発表。3歳で成長を拒んだ主人公の視点で、ナチスの台頭から戦後までの混乱期を描いた。99年にノーベル文学賞を受賞。「陽気な暗さに富んだ寓話(ぐうわ)」と評された。

 2006年に自伝的作品『玉ねぎの皮をむきながら』で大戦末期にナチス武装親衛隊員だった過去を告白した。政治や社会に積極的に発言を続ける姿勢を生涯貫いた。

 大江さんとグラスさんは戦後50年にあたる95年、朝日新聞で往復書簡を交わした。『大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』(朝日文庫)に所収。8通の書簡で、二人が経験した戦争の記憶と両国の戦後の歩み、そして核なき世界への希求をつづり、確かめあった。

 ■「夢遊病者のように大戦へ」 グラスさん懸念

 13日に亡くなったギュンター・グラス氏は、人類が「夢遊病者」のように世界大戦へ突き進むことを懸念していた――。スペイン紙パイスは14日、死去直前に行った同氏とのインタビューを掲載した。

 同紙によると、グラス氏はウクライナパレスチナイラク、シリアなどの状況を指摘した上で、「各地で戦争が起きている。われわれは以前と同じ間違いを犯す恐れがある。これを自覚しておかなければ、まるで夢遊病者のように世界大戦に突き進む可能性もある」と警告した。グラス氏は気候変動や人口増加の問題にも憂慮を表明。「何事にも限りがある。われわれに無限の時間はないとつくづく感じる」と嘆いた。

 インタビューは3月21日、独北部リューベックにある同氏の自宅で行われた。(マドリード=AFP時事)
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http://www.asahi.com/articles/DA3S11708941.html





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