覚え書:「インタビュー:教科書検定「密室」の内側 検定調査審議会の前歴史小委員長・上山和雄さん」、『朝日新聞』2015年04月24日(金)付。


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インタビュー:教科書検定「密室」の内側 検定調査審議会の前歴史小委員長・上山和雄さん

2015年04月24日

「審議会は国民や社会に責任を持つ存在。だからオープンに」=岩下毅撮影




 中学校の教科書の検定や編集でルールが変わり、領土問題や近現代史の記述をめぐって政府の立場が一層強調される結果になった。「密室での議論だ」との批判もあがる検定の実際と、あるべき姿とは。文部科学省教科用図書検定調査審議会の歴史小委員会委員長を務め、3月に退任した上山和雄・国学院大学教授に聞いた。



 ――今回の検定から、社会科では政府見解がある場合は、それに基づいて書くよう求めることになりました。歴史小委員会では、どんな議論があったのですか。

 「政府見解の記述を求めたのは東京裁判に関して2社、旧日本軍の慰安婦の問題で1社にです。東京裁判の方は『日本人から、自分たちが学んできた歴史への誇りと信頼を失わせました』などの記述が問題になり、私を含む何人かが批判しました。『歴史研究のイロハを踏まえてない』『教科書としてのバランスが崩れている』と」

 ――具体的に言うと?

 「戦勝国の行為を裁かなかったことや、平和に対する罪を過去にさかのぼって適用したことの不当性など東京裁判の問題点ばかりを取り上げ、民主化や戦後改革がなぜ必要になったかなどを十分記述していなかった点です。その後、日本政府も判決を受け入れたことを加えてもらうなどしました」

 「教科書には、守るべき最低ラインがあると思うんです。戦後の日本は、太平洋戦争を引き起こした仕組みの否定、つまり東京裁判を受け入れ、民主化を進めるところから出発したわけです。これは政府見解というより国民の共通認識でしょう。そこを否定するのは戦後の日本を否定するものと言わざるを得ません」

 ――検定基準の変更が審議会で了承された2013年12月当時、上山さんは変更に反対でした。

 「政権交代で政府の見解が変わり、教科書の記述がころころ変わるとまずいでしょう。近現代史で通説的な見解がない数字などを書く場合は、それを明示することにもなりましたが、通説とは何かを判断するのも難しい。通説ではないとして審議会が訂正や削除を求めても、納得しない教科書会社や執筆者から裁判を起こされたら勝てないかもしれない」

 ――しかし東京裁判のケースでは、政府見解を載せたことでバランスがとれた面もあるのでは?

 「政府の立場を書くこと自体は悪いことではないと思う。ただ、基準にまですると危うさをはらみます。検定基準の変更ではありませんが、学習指導要領の解説が昨年改訂され、領土問題で竹島尖閣諸島の記述が社会科の全20冊に入りました。各社とも『日本固有の領土』『竹島は韓国に不法に占拠されている』などと、とってつけたように書きましたが、韓国と中国の見解を載せた会社はない」

 「一つの問題には二つ、三つの見方があると教えるのが教育でしょう。領土問題でいえば、外交や政治で解決できないテーマで、教育を通じて政府の立場を刷り込もうとしていると心配しています」

 ――全体を振り返ると。

 「検定が厳格になったとは思ってません。むしろストライクゾーンが広がったと感じます。日本のいいところばかり書こうとする『自由社』と、歴史の具体的な場面から書き起こす新しいスタイルですが、学習指導要領の枠に沿っていない『学び舎(しゃ)』。この2冊とも、いったん不合格になりながら結局、合格したのですから」

 ――なぜ、合格に。

 「不合格後に出てきた本は政府見解などを加えていたので、事前にチェックする文科省の教科書調査官の案は、両方とも『○』になっていました。自由社の方は、これまでも同じ論調の別の教科書を合格にしているので、『×』にすると継続性の点で問題がある。では、もう1社の学び舎を『×』にするかですが、基準を一方に緩く、一方に厳しくするのはまずい。結果として間口が広くなったと感じています」

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 ――そもそも検定作業は、どのように行っているのですか。

 「検定結果が決まる前年の春、教科書会社は文科省に検定を申請します。まず数人の教科書調査官が調べて、各教科書に対する検定意見の案をつくる。調査官は、大学院を出た、大学の教員レベルの文科省職員です。その後、各委員に会社の名前が伏せられ、番号だけふられた白い表紙の教科書、いわゆる白表紙本が段ボールで、どんと届く。夏休み中これを読み、秋の審議会に臨むのです」

 ――審議会は非公開。どんな様子ですか。

 「教科別に分かれ、歴史の場合は朝から夕方まで文科省の会議室に缶詰めです。それを何日か重ねます。調査官が作っておいた意見の案がその場で配られ、問題箇所について1件ずつ調査官の説明を聞いて順に判断していきます」

 「委員たちは結構発言してるんですよ。ですが、調査官から『それはまだ一般的ではないのでは』『中学生にそこまで必要でしょうか』などと言われると、調査官の案がそのまま通ることが多い」

 ――委員は大学教授らプロが多いのに、反論しないのですか。

 「見方が分かれて問題になる箇所も、専門外だと詳しいことはわからない。結果として調査官の説明で判断することになる。いくつかの問題に限れば、調べて見解を持ち寄って議論できますけど。委員に与える情報を制限し、時間をあまりかけずに終わらせる。文科省の作戦かもしれない」

 「今回も関東大震災の際の朝鮮人虐殺で犠牲者を『数千人』と書いた教科書があったのですが、調査官が、通説のないことがわかるように意見をつけたいと言いました。例えば『おびただしい数』など幅を持った表現でどうかと。委員からは、それ以上意見が出ませんでした」

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 ――委員退任のあいさつで検定の公開を提案したと聞きました。

 「議論の内容をもっと出せ、もっと公にしろ。これに尽きます。検定意見は公開されますが、実質的な議論の場である部会や小委員会は、結論だけ書かれた議事要旨が公表されるだけ。私は会自体を公開すればいいと思っていますが、せめて議論の内容や経過を議事録として残し、検定結果の発表直後に公表すべきです。それによって議論が広がり、教育委員会の教科書採択にも役立つようになると思うんです」

 ――自由な意見交換が制約されるなどと文科省は言います。

 「教科書は教育を受ける権利を保障すると同時に、国家が国民を統合するという意味も持ち、国が無償で配る公共財です。審議会は社会に対し、それぞれの教科書のいいところも悪いところもわかるようにする責任があります」

 「検定意見の原案は調査官が書き、審議会でもだいたい認められる。国の多くの審議会と同様、行政の隠れみの的なものになっています。実質的な議論が行われるようにするためには、各委員が教科書をしっかり検討できる仕組みをつくったうえで、審議会を透明化することが必要です」

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 ――近現代史には南京事件慰安婦の問題など見解が分かれるテーマもあります。

 「どの問題も共通点がある。被害を受けた側と与えた側とでは、見方が違う点です。沖縄の集団自決でも、軍から手榴弾(しゅりゅうだん)を渡された住民は強制されたと思うが、渡した方は、そう思わない。確定した事実を記したうえで、両者の見方を書くのが原則だと思います」

 「歴史の見方には、いくつかあると思います。お国自慢をする『花のお江戸史観』、その反対の『自虐史観』。もっとも、自虐史観と非難される人々が日本を愛していないわけではない。愛しているからこそ過去の誤りを率直に認め、二度と起きないようにする考えもあるでしょう。三つ目としては戦前の皇国史観のように国民を動員するのを狙うものもある」

 「四つ目は『両論史観』。事実を大切にし、いいことも悪いことも、バランスよく見ていく方法。あまり面白くないかもしれませんが、私はこの史観です」

 ――歴史の教科書は、どうつくっていけばよいと思いますか。

 「教育の最大の目的は、子どもたちがきちんと生きていけるようにすること。一面的な考え方しかできない。近くの国と仲良くできない。そんな人間をつくっていいとは誰も思わないでしょう」

 「歴史教科書は、国民共通の歴史認識の土台となるものです。だからこそ、その土台をどうつくっていけばいいのか、検定の過程をオープンにして議論を深めることが必要です。審議会の委員も、教科書の執筆者も、教科書を選ぶ教育委員も、そして住民も」

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 うえやまかずお 46年生まれ。専門は日本近現代史。06〜14年度に検定調査審議会委員。著書に「陣笠代議士の研究」「北米における総合商社の活動」。

 

 ■取材を終えて

 検定で非公開の審議内容を委員が語るのは珍しい。なぜインタビューに応じたのか。上山さんは言う。「議論の中身のわかる記録をと文科省に働きかけたが実らず、委員として説明責任を果たしたかった」。その点で今回の発言は、個人による「審議の透明化」の意味を持つと私は受け止めている。(編集委員・氏岡真弓)
    −−「インタビュー:教科書検定「密室」の内側 検定調査審議会の前歴史小委員長・上山和雄さん」、『朝日新聞』2015年04月24日(金)付。

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