覚え書:「今週の本棚・本と人:『持たざる者』 著者・金原ひとみさん」、『毎日新聞』2015年04月26日(日)付。


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今週の本棚・本と人:『持たざる者』 著者・金原ひとみさん
毎日新聞 2015年04月26日 東京朝刊


(写真キャプション)金原ひとみさん=鶴谷真撮影
 ◇「震災後」から逃れられない現実 金原(かねはら)ひとみさん

 「『何となく、フツー』に生きていけなくなった人たちを書きました。(東日本)大震災の後の揺らぎや変化を」。震災後を生きる30代の男女4人が順に、自分とその周囲で起こっていることを語るオムニバス小説だ。

 東京のデザイナー、修人は幼い娘を放射能にさらすのを恐れて防御策を講じるあまり、離婚を余儀なくされ仕事が手につかない。彼とかつて体を重ねた千鶴もまた大きな喪失を抱えている。その妹エリナは被ばくを避けて子連れで英国に住むが<とりあえず逃げておいて損はないだろう。そういう、普通の感覚で避難したにも拘(かかわ)らず、事故から二年半が経(た)った今、私は駐在の人たちに変人扱いされ、イギリス人にも奇異な目で見られ>と述懐している。

 大状況に翻弄(ほんろう)される3人に対して、読者はかなり明確な共感または反感を抱けるだろう。ただ、最後に登場する朱里(あかり)は「人物造形に苦労しました。こういうタイプは書き慣れていないので……」。夫の仕事に従って子どもと共に英国に住み、一足先に東京へ戻ってみると、マイホームは義理の兄夫婦に占拠されていた。自堕落な彼らとのバトルは、震災とは全く無縁の“ホームドラマ”。ふと、同じ東京に修人がいることを思い起こすと背筋が凍る。「隣人でもこれだけ世界が違う。コントラストに狂気が見えますよね」

 ラストで、朱里のトラブルに光明が見える。すると朱里は<生きていて良かった><私は世界一幸せだ><完璧な幸福の景色>と大喜び。修人やエリナは問題との共存に自覚的なのに、朱里は「解決」してしまうのだ。それを不気味と感じる瞬間、私たちは「震災後」から逃れられないことを思い知る。

 自身の体験を色濃く反映した作品だ。「地震原発事故の時はちょうど臨月で、岡山に避難しました。避難中に前駆陣痛もあり、もう新幹線に乗るのは無理かなと、そのまま岡山で出産しました。シンプルな動物に戻ったんですね」。そして震災後の言説の息苦しさ。強く頑張るべきだと、被災地の外で連呼する異様……。「文脈や空気を読み過ぎて思ったことを口に出せない状況は動物として危ういと思う」

 いわゆる震災文学に類するが、面白くグイグイ読める。そして余韻は苦い。この苦さこそ、弱く真面目に生きる人を救う力になるだろう。「人は本来、何も持ってない。そうじゃないですか?」。作家の問いである。<文と写真・鶴谷真>
    −−「今週の本棚・本と人:『持たざる者』 著者・金原ひとみさん」、『毎日新聞』2015年04月26日(日)付。

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