覚え書:「言い合うことが民主主義 木村草太さん×内山奈月さん 憲法を知ろう」、『朝日新聞』2015年05月03日(日)付。

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言い合うことが民主主義 木村草太さん×内山奈月さん 憲法を知ろう
2015年05月03日

(写真キャプション)木村草太さん=川村直子撮影

 (16面から続く)

 ■多数決の意義

 木村 民主主義の理念から、必要な場合は国会で決める。民主主義っていいイメージがあると思いますが、なぜいいと思います?

 内山 多くの国民の意見を反映させやすいからでしょうか?

 木村 多くの人がかかわる決定は、最後は多数決になりますね。多数決って何がいいと思う?

 内山 複雑な問題の時はより多くの人に聞いた方がいい。多数決は多くの人の意見を反映させつつ、時間がかからないから。

 木村 どんなテーマなら多数決に向いている? 作詞・作曲みたいにゼロからものを創作する時は多数決は向いていないですよね。

 内山 ある程度選択肢が決まっている時?

 木村 そうです。さらに、多数決で正解しやすいことと、そうでないことの区別が大事です。例えば「サバとフグはどっちが高い」を国民投票にかけたら正解は出ると思いますか?

 内山 出ると思います。国民がそれについて知識や関心を持っているから。

 木村 そうです。多数決はみんなが知識や関心があって正解を選ぶ可能性が高いときに役に立つ。つまり、全体を平均すると正解の方にいくというのが、多数決のメカニズムです。では、多数決での反対意見は、まったく無駄だと思いますか?

 内山 投票後は無駄になっちゃうのでは。多数決で勝った人は、勝ったことを大義名分にして自分の意見を進めそうですね。

 木村 なるほど、そういう危険もありますね。でも、負けた側を支持する人がどれだけいたかは、多数決をやらないと見えてこない。それはすごく大事な情報です。AKB総選挙で、内山さんが何票で何位でしたと表示されるのと、票が示されずに順番が決まってしまうのでは……。

 内山 全く違いますね。

 木村 多数決は、少数派が存在感を示すためにやるという側面もある。どれだけ真剣に少数派が反対したかを示す機会があるというのも多数決のメリットです。また、投票前の段階も重要です。正解を選ぶにはみんなが正しい情報を持たなければいけない。ということは、テーマ設定から多数決までの間に何が必要かな?

 内山 準備期間とそれぞれの意見を主張する機会?

 木村 そうですね。民主主義を機能させるには時間と情報が不可欠。だから現在の憲法は、情報の自由な流通や議論の時間確保を大事にしています。これが表現の自由の保障ですね。AKB総選挙も投票日までに情報が流通して、いろんな人が意見を言って楽しむことに意味がある。多数決に至るまでの時間や交換される情報などを全部含めて民主主義というわけです。

 ■奪えない権利

 木村 ただ、多数決にかけてはいけないこともあります。例えばAKBの20人がバスに乗る時、席は18しかない。残って待つ2人を多数決で決めたら?

 内山 それだと、いじめみたいになっちゃいます。

 木村 そうですね。一部の人に負担を押しつける決定は多数決にかけてはいけない。それが憲法の人権という分野です。その典型は表現の自由。最初は少数意見でも、議論するうちに「こっちがいい」と逆転することがある。もし少数派が反対意見を言えない法律を作ったら……。

 内山 良くないですね。

 木村 正しいものを発見するプロセスを守るためには、表現の自由を弾圧していいかどうかを多数決で決めてはいけない。財産権もそうです。電車の駅ができれば周辺の人は便利になるので喜びますが、用地を提供した人はそこに住めなくなる。その人に補償金を払わなければ、他の人は得をするが、多数決で決めたら負担が偏ることになる。

 内山 それは多数決で決めてはだめですね。

 木村 多数決で奪ってはいけない権利を守るのが、憲法の重要な機能です。最近注目されているのが同性婚ですね。では、「婚姻」とは何でしょう。

 内山 婚姻届を、市役所に提出すること。

 木村 提出すると?

 内山 お互いの中で愛が芽生える……。

 木村 いやいや、愛があるから結婚するのでしょう。ただ、今の法律だと、同性愛者は愛する人と結婚できません。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」すると定めている憲法24条が、同性婚を禁じているという人もいます。

 内山 禁止なんですか?

 木村 それを考えるのが憲法解釈です。まず文言の読み方ですが、24条の婚姻は両性の合意で成立するものなので、「異性婚」のことだと読むのが自然ですね。そうするとこの条文は、異性婚が男女の合意で成立するといっているだけで、同性婚を禁止するものとは読めないですね。

 内山 なるほど。でも、その説明だけだと……。

 木村 説得力が弱いですね。ただ、文言を読むだけでなく、条文が実現しようとした理念を考えることが大切です。24条はなぜ作られたか、知っていますか。

 内山 教えて下さい。

 木村 かつては親や親族の合意がないと結婚できないとか、男性の一方的な意思で結婚させることがあった。そこで、男性だけでなく女性の合意が必要であり、かつ他の人がそれを邪魔してはだめだ、という意味で24条ができたんです。

 内山 大日本帝国憲法にはなかった条文ですね。

 木村 男女の平等と個人の尊厳という理念を実現するために24条が作られた。「同性婚が禁じられている」と解釈するのは、文言解釈だけでなく理念としてもおかしい。人権条項の解釈には文言はもちろん、背景にある理念を正しく理解することが大事です。

 ■一票、誰のため

 木村 内山さんは19歳ですね。選挙権を使える年齢を20歳から18歳以上に引き下げる法律が国会に提出されています。選挙は誰のためにやると思いますか?

 内山 日本という国を国民一人ひとりが責任をもって作っていくため?

 木村 そうです。選挙は自分のためでなく、みんなのためにやる。

 内山 でも権利を持っていたら、自分の得になるように使うのが人間では?

 木村 それでいいのか、という問題です。みんなのために、自分の損になってもそちらに投票する。

 内山 憲法にも書いてあるんですか?

 木村 憲法前文に「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とあり、国政によって実現される福利は「国民がこれを享受する」とある。つまり政治に参加する権利は国民全体のために使わなければいけない。選挙権にはそんな公共的な判断能力が求められます。

 内山 それを知らない人も多いと思います。

 木村 そうですね。そうした判断力は放っておいて身につくものでしょうか。

 内山 人が育っていく中で身につける?

 木村 社会が育むものなんですね。これまでは20歳までに育んでいこうという設定でしたが、前倒ししようということです。内山さんもこれから選挙権を持ちますが、同時に社会の一員として後輩を教育する責任を負うことにもなる。では、公共的な判断能力はどうすれば身につくと思う?

 内山 公民の授業などを通じて学ぶとか?

 木村 授業も大事ですが、自分の考えや好き嫌いとは別の次元で、公共のために何がいいかを見極める客観的な判断力が必要です。その能力がある人がやるのが、選挙です。

 内山 取材で「本当の選挙とAKB総選挙の違いは?」とよく聞かれます。

 木村 AKBの選挙の一票は、そのメンバーを本当に好きだという思いが込められているから価値がある。これに対し国政選挙は、日本のために誰が良いかという公共的判断で投じるから価値がある。「好きだから投じる一票」と「好きじゃなくても公共のために投じる一票」の違いです。両方とも尊いが、価値のあり方が違うわけです。

 内山 なるほど。きちんと国のことを考えて一票を投じようと思います。ありがとうございました。

 =敬称略

 <18歳選挙権>

 自民や民主、公明など6党は3月、選挙権を20歳から18歳以上に引き下げる公職選挙法改正案を衆院に提出した。今国会で成立する見通しで、来夏の参院選から約240万人の18、19歳が新たに有権者となる。

 ◇取材・構成は、渡辺哲哉、大西元博、中野寛、末崎毅、今村尚徳、笹川翔平が担当しました。
    −−「言い合うことが民主主義 木村草太さん×内山奈月さん 憲法を知ろう」、『朝日新聞』2015年05月03日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11736611.html


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