覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『猪変』=中国新聞取材班・編」、『毎日新聞』2015年05月17日(日)付。

Resize2395

        • -

今週の本棚:伊東光晴・評 『猪変』=中国新聞取材班・編
毎日新聞 2015年05月17日 東京朝刊

 ◆『猪変(いへん)』

 (本の雑誌社・1728円)

 ◇防護柵補助から肉の資源化へ

 ベストセラー『里山資本主義』(藻谷浩介、NHK広島取材班)を意識したかと思われる本が出た。同じ地域、同じ里山の話である。題がうまい。これは何だ、と思わせる。

 イノシシが畑を荒らす。トウモロコシの味を知ったら大変。スイカも全部やられ、稲もなぎ倒される。私が知る京都の筍(たけのこ)畑も一夜にして掘りかえされ、農家は泣くに泣けない。フェンスを張って侵入を防ごうとする。金がかかるし、ちょっとでも隙間(すきま)があればこじあける。被害の大きいのは中山間村である。TPPで崩壊する前に、イノシシのために耕作が放棄されかねない。

 イノシシは瀬戸内海の島に泳いで渡る。この本には、呉の海上保安部が撮った、海を並んで泳ぐイノシシの写真が載っている。これには驚いたが、中国地方の人にとっては常識らしい。

 私は北海道で湖を泳いでいる数頭の鹿を見たが、この本にあるように鹿の害も、イノシシと並んで大きい。

 イノシシが殖えるのは、隠れ住む藪(やぶ)などと、食べものと水とがあること−−この三つがそろうと繁殖力の大きいイノシシはたちまち殖える。

 なぜイノシシがいなかった瀬戸内海の島にイノシシが住みついたのか。山の上の耕作地が放棄され、荒れた。住むところができた。下はミカン畑で、これが大好物である。これを求めて海を泳いで来たのである。

 『里山資本主義』がヨーロッパの事情を求めてオーストリアを取材したように、ポーランドとフランスを取材している。だが事情が大きく違う。

 狩りは西欧では優雅なスポーツである。行う人は社会的に地位が高く、その狩猟クラブは豊かでイノシシが畑を荒らさないように狩猟区をフェンスで囲っている。日本と逆である。あちらでは農家が金をかけ、畑を囲う必要はない。とった肉はご馳走(ちそう)として食べている。文化の違いが大きい。手本にならない。そこでエゾシカに悩む北海道を取材する。ここでもいかに食肉として流通させるかが課題である。

 私も鹿のステーキを何度か食べたことがある。やわらかくておいしい。問題は食肉にするための食品衛生法に定められた流通ルートである。

 イノシシ肉も処理方法さえよければうまい。健康にもよい。だがすぐに血を抜かないと臭くて食べられない。猫も食べない。エゾシカの対策で食肉処理場を町でつくった北海道足寄町では、とぎれることなく一定数が持ち込まれないので、経営的に成り立たない。

 ハンターが直接仕留めた肉は市販できない。このしくみは変えられないのだろうか。

 イノシシの年間捕獲頭数は、全国で二〇一〇年度が四十七万六千頭、一一年度が三十八万九千頭だそうである。ハンターの数は減る一方で、ハンターの養成に努力している町もある。

 銃ではなく「箱わな」でとる方法が普及しだしているという。写真で見ると、鉄線の粗い目のフェンスで作った「おり」で、これならフェンスで畑を囲むより安上がりだろう。餌を入れて誘い入れる。私の考えであるがこれで捕獲したものを町や市の人が集め、現在の養豚処理場に送り、別途処理し肉を大手の食品メーカーに利用してもらうなどはどうだろう。

 今、対策としては、イノシシの侵入を防ぐフェンスを補助するのが主であるが、肉を資源化する方策を考える以外ないことがわかる。その名案を読者も本書を読んで考えてほしい。
    −−「今週の本棚:伊東光晴・評 『猪変』=中国新聞取材班・編」、『毎日新聞』2015年05月17日(日)付。

        • -





http://mainichi.jp/shimen/news/20150517ddm015070053000c.html








Resize2391


猪変
猪変
posted with amazlet at 15.05.17

本の雑誌社
売り上げランキング: 3,339