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いま、松下竜一を読む 下嶋 哲朗 著

2015年5月17日
 
◆闘う人に注ぐ優しさ
【評者】川上隆志専修大教授
 やさしさとは何なのか。本書は一貫して読者に問いかける。松下竜一大分県中津に生まれ、豆腐屋歌人として出発、人間と社会を追求し続けた記録文学作家である。母に「やさしかれ」と言われて育ち、市井の暮らしを見つめていた松下は、発電所建設による周防灘埋立反対運動に身を投じ、無抵抗の女たちに機動隊が襲いかかる様を目の当たりにする。環境権を訴え、法廷闘争に挑み敗れた。さらに自身の発行する「草の根通信」に爆破テロを起こした爆弾魔の書簡を載せ、国家に抗した人間にやさしい眼差(まなざ)しを注ぐ。
 こうした松下竜一の<やさしさ>の変遷を、著者は時代状況と重ね合わせて読み解いてゆく。極貧の暮らしの中で育まれたやさしさ、海を守り虐げられた人たちの心と共鳴する強靱(きょうじん)な抵抗力としてのやさしさ。松下が記録してきたのは、<非国民>大杉栄伊藤野枝の娘ルイ、ハンセン病者、死刑囚を養子にした牧師、冤罪(えんざい)と闘う保母らであった。
 それにしても九州・筑豊は何と豊かな思想家群を戦後生み出してきたのだろうか。上野英信森崎和江石牟礼道子、そして松下竜一…。松下が闘う姿は、フクシマ、辺野古ヘイトスピーチ格差社会などの課題を抱える現在において今なお色褪(いろあ)せず、むしろ光り輝いている。
 本書を読み終えて改めて思う。今こそ松下竜一を読もう、今こそ読み返そう。
岩波書店・2484円)
 しもじま・てつろう 1941年生まれ。ノンフィクション作家。
◆もう1冊 
 松下竜一豆腐屋の四季』(講談社文芸文庫)。一九六○年代を貧しい豆腐屋として過ごした青年の草の根の記録。
    −−「書評:いま、松下竜一を読む 下嶋 哲朗 著」、『東京新聞』2015年5月17日(日)付。

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