覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『紋切型社会−言葉で固まる現代を解きほぐす』=武田砂鉄著」、『毎日新聞』2015年05月24日(日)付。

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今週の本棚:池澤夏樹・評 『紋切型社会−言葉で固まる現代を解きほぐす』=武田砂鉄著
毎日新聞 2015年05月24日 東京朝刊

 (朝日出版社・1836円)

 ◇ニッポンの言葉どこへ

 この本にはそう書いてないが、言葉の政治学についての好著である。読後感は正に痛快。

 政治は議会にだけあるのではない(今や議会に政治はないか)。すべての人間関係は力関係であり、その意味で政治である。そういう視点から今このごろの日本人・日本社会の言葉遣いを採集し、解析し、その背後にある力関係=権力構造を明らかにする。

 紋切型の実例が目次に並んでいる。サンプルを拾えば−−。

 若い人は、本当の貧しさを知らない 老害論客を丁寧に捌(さば)く方法

 全米が泣いた <絶賛>の言語学

 国益を損なうことになる オールでワンを高めるパラドックス

 うちの会社としては なぜ一度社に持ち帰るのか

 誤解を恐れずに言えば 東大話法と成城大話法

 そうは言っても男は 国全体がブラック企業化する

 もうユニクロで構わない ファッションを彩らない言葉

 などなど。

 どこかで聞いたという範囲にはもう収まらない。我々が日々接している言葉の大半がこの種の決まり文句、紋切型である。

 多用されるのはこれが現状維持・既得権益温存に有効だからで、その立場にある者たちがこの種の言い回しを使い回す。そのからくりを東大ではなく成城大で青春の蹉跌(さてつ)を体験した砂鉄君が快刀乱麻で明らかにする。

 →この表現も紋切型だろうか? という自己疑問と直後の否定は紋切型かもしれない。反省しつつ実例を挙げよう−−。

 「曾野(綾子)の言動が定年後の自己肯定に一役買う男性週刊誌に重宝されているのは、貧しかった家庭を女が支え、男が夢に向かって突き進んだ時代を、社会時事の表層と都合良く調合して、今という時代を踏んづけてくれるからだ。それを女に再規定してもらう。そしてズケズケ言ってもらう。そんな言葉に奮い立たされる男どもの情けなさよ」

 こう書かれたすぐ前には「体を現在に預けていけない人は今を語るべきではない。自分と異なる人と対峙(たいじ)しない言論など言論ではない」とある。

 この例でもわかるとおり、この人は文体が際立っている。言語状況を切り捌く刃物が鋭利で、その分だけ鈍器を振り回すばかりの世間の言説との差異が明らかになる。

 もう一つ、「主語を明確に持てる個人が少ない。いつの間にか、国益という主語を平気で個人や組織が使うようになった。ヘリコプターのホバリングのように、この言葉を使えば、公平中立を保ちながら概観することができるという妄信と過信。強い言葉は自分の身動きを担保してくれる気がする。でも、気がするだけだ」

 その隙(すき)に乗じて安倍晋三的な言説が国を戦争領域に誘い込む。「フクシマはアンダーコントロール」と彼がアルゼンチンで言った時にはシンゾーが止まるかと思った。しかしその後も晋三の快進撃は止まらない。福島の放射能漏れも止まらない。むかし少女たちはずうずうしい人のことを「心臓ね」と言ったものだが。

 著者はネット空間に詳しく、そこでの安易きわまる「いいね」や「禿同(激しく同意)。」、あるいは否定の「死ね」、「反日ブサヨ」などの単純な二択応答に社会の均質化を読み取っている。ツイッターでは誰もが何か言った気分になれる。いっぱしの自分。でもあの分量では中身のあることは言えない。何か言った「気がするだけだ」。

 この先、日本は、ニッポンの言葉は、どこへ行くのだろう。
    −−「今週の本棚:池澤夏樹・評 『紋切型社会−言葉で固まる現代を解きほぐす』=武田砂鉄著」、『毎日新聞』2015年05月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150524ddm015070108000c.html



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