覚え書:「今週の本棚・本と人:『田園発 港行き自転車 上・下』 著者・宮本輝さん」、『毎日新聞』2015年05月24日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『田園発 港行き自転車 上・下』 著者・宮本輝さん
毎日新聞 2015年05月24日 東京朝刊

 (集英社・各1728円)

 ◇人知れず支え合う気高さ 宮本輝(みやもと・てる)さん

 悪役が魅力的な物語は面白いと言われるが、本作は善人たちの物語。だがミステリーの味わいもあり、計800ページ近い大部をぐいぐいと泳ぎ切れる。「世の中、顔と腹が違う人が多い。長い小説を読み終えて、幸せな気持ちになってほしいのです」

 絵本作家の賀川真帆(かがわまほ)の父は15年前、九州の宮崎県でゴルフをしているはずが、富山県の滑川(なめりかわ)駅改札口で心筋梗塞(こうそく)で死んだ。なぜ? 長年のわだかまりを胸に、真帆は富山へ向かう。一方、東京での勤めに疲れて故郷の富山へ戻った脇田千春は親戚の中学生、夏目佑樹(ゆうき)と触れ合う。<佑樹を荷台にまたがらせて、入善(にゅうぜん)の田園から入善漁港へのお気に入りのコースを自転車で走っているときの幸福感にひたることで、私の壊れかけた心はつかのま息を吹き返すのだ>。父のいない佑樹は不思議な包容力をたたえている。

 着想を求めて富山を車で走ったのは2011年9月。「黒部川の東側の大田園地帯に偶然降り立ったのです。後ろに山、前に海。自転車のペダルをこがずに山裾から港まで行きたいと思いました」。風土の力だ。富山と京都と東京のある家族の宿命が交錯する物語が走り始めた。

 中間管理職のサラリーマンとその娘、お茶屋風バーの経営者、美容師……。みんな普通の人たちなのに、人知れず支え合う気高さにうたれる。小説の語り手は移りゆき、最終盤、読者は大きな「縁」のジグソーパズルが埋まっていく様を眺めることになる。ふと我が身を振り返る。小説の世界は夢物語だろうか。私だって誰かの役に立ってこそ、真の人間になれるのではないか?

 人物すべてにピントが合う群像劇ではあるが、中盤を書き進めていた時、「これは佑樹の小説だ」と思い定めたという。「あの少年は狂言回しじゃありません。彼をここまで育て、これからも育てていくのは、まっとうな善き人たちでなければならない」。長く付き合う親友と語らったのがきっかけだ。「彼が言ってくれたんです。『人生は思い通りにいかない。その悲しみを慈しむのが慈悲だ。お前はそれを小説でやってきた』と。僕はこれからも、台座に慈悲の心がある小説を書いていきます」<文と写真・鶴谷真>
    −−「今週の本棚・本と人:『田園発 港行き自転車 上・下』 著者・宮本輝さん」、『毎日新聞』2015年05月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150524ddm015070011000c.html








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