覚え書:「特集ワイド:続報真相 安保法案のウラを読む 「武力行使の機会広がり、歯止めなくなる」専門家激怒」、『毎日新聞』2015年05月22日(金)付夕刊。

Resize2478_2

        • -

特集ワイド:続報真相 安保法案のウラを読む 「武力行使の機会広がり、歯止めなくなる」専門家激怒
毎日新聞 2015年05月22日 東京夕刊

(写真キャプション)日米共同訓練でオスプレイから降りる米海兵隊員と陸上自衛隊員。安保法案が成立すれば、米国の戦争に日本が関わる可能性が高まる=滋賀県高島市陸上自衛隊饗庭野演習場で2013年10月、小松雄介撮影


 政府が「平和安全法制」と呼ぶ一連の安全保障関連法案の国会審議が来週から始まる。平和、安全という言葉は耳に心地よいけれど「うまい話にはウラがある」のも確か。平和をうたうこの法案で、日本の安保体制がどう変わるのか。政府のあやふやな答弁にだまされないための“国会論戦ガイド”をまとめた。

 自民党の「師匠」が大変におかんむり、と聞いた。保守派の論客として知られ、自民党内の改憲論議をリードしてきた憲法学の重鎮、小林節・慶応大名誉教授である。早速、東京都内の仕事場にお邪魔すると、開口一番「何が平和、安全だ。こんなの虚偽表示だよ。国民はだまされちゃいかん」と激怒している。

 解説を聞く前に、まず法案をおさらいしよう。

 政府が国会に提出した安保法案は、自衛隊法や武力攻撃事態法、国連平和維持活動(PKO)協力法など現行10法の改正案と「国際平和支援法」と呼ぶ1新法からなる。政府は10法改正案を「平和安全法制整備法案」と名付けて一括提出した。改正案を1本ずつ検討すると思いきや、まとめて審議する方針という。これでは、特別委員会や衆参両院の採決は1回だけになる。

 安保法案の閣議決定を報じる全国紙の論調は批判、肯定の二つに分かれた。毎日、朝日は「専守防衛に反する」「憲法9条に基づく平和国家を変質させる」と批判的。読売、産経は「日米同盟の抑止力強化につながる」「国守れぬ欠陥が正せる」と肯定的だ。ただ、批判、肯定とも論点が微妙に異なっている。

 記者自身、読めば読むほど法案の評価はしづらくなるのだが、閣議決定後の安倍晋三首相、記者会見で歯切れ良く語ってみせた。「不戦の誓いを将来にわたって守り続けていく(中略)決意の下、日本と世界の平和と安全を確かなものにするための平和安全法制を本日、閣議決定しました」

 一国のリーダーが力説するのだ。日本が今より安全になるなら良い法案ではないか。

 小林さんに尋ねると「とんでもない。平和とありますがこれは戦争法案です。しかも難しい言葉を並べて国民を混乱させようとしている。法案のポイントは結局、二つに絞られる。ここの国会論戦は押さえてほしい」と諭すのだ。

 詳しくは表を見てほしい。二つのポイントは、法案が成立すれば(1)集団的自衛権が行使可能になる(※1)(2)自衛隊の海外任務が広がる(※2)−−ということだ。

 (1)は新たに「存立危機事態」という状況を想定し、これに当てはまると政府が判断すれば集団的自衛権が行使できる、という枠組み。集団的自衛権とは米国など日本と深い関係のある他国への武力攻撃を日本への攻撃と受け止め、反撃できる、というものだ。

 ここに安保法案の“本音”が隠れている。「分かりやすく言えば、他国の戦争に日本が首を突っ込む、ということ。法案の意味することは、これまでできなかった戦争を、日本もできるようにする、ということに尽きるのです」

 小林さんは軍隊保持と交戦権を否定した憲法9条をどう読んでも、他国の戦争に介入してよいとは読むことはできない、という立場。「安倍内閣は昨年7月に『集団的自衛権は行使できない』という従来の憲法解釈を一変させたが、この変更も今回の法案自体も、憲法違反、憲法破壊なのは明白だよ」

 おまけに、行使条件となる存立危機事態(※3)というのがクセものだ。これは米国のように日本と関係の深い他国が攻撃を受けることで「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険のある事態」という。

 よく分からない定義だが、安倍首相は例として「中東のホルムズ海峡が紛争で機雷封鎖され、日本の石油タンカーが通れなくなる」(※4)というエネルギー危機も行使要件と位置づけるのだ。

 日本の石油備蓄は半年分あるし、再生可能エネルギーの利用や石油の入手ルートの幅も広がっている。なのになぜ、ホルムズ海峡封鎖が「国の存立を脅かし、国民の生命、自由を根底から覆す明白な」事態になるのか。

 小林さんは危険な発想と切り捨てる。「安倍さんは論理的に説明していないし、説明できないほど論理に無理がある。こんないいかげんな定義が許されるなら、政府判断は何でもありになってしまう」

 実は小林さん、こうした疑問について中谷元・防衛相ら複数の自民党幹部に月刊誌などでの討論を呼びかけているが、いずれも断られ続けている、という。ある議員に至っては「法案が成立したら議論する」と告げられた。

 「いくら美辞麗句で飾っても、武力行使の機会を広げる『戦争法案』でしかない。このような国民の疑問を代弁する野党の追及に安倍さんがどう答えるか。国民はぜひ、見ていてほしいね」

 何だか安倍首相の説明にうなずけなくなってきた。では(2)の「自衛隊の海外任務の拡大」はどうだろう。安保問題に詳しい学習院大の青井未帆教授に登場を願った。

 「安倍首相は、自衛隊が他国軍のために補給などの後方支援をする、と説明しますが、活動場所は、イラク特措法に定められていた『非戦闘地域』を廃し、今度は『現に戦闘が行われていない地域』(※5)になります。つまり活動する時に、弾丸が飛び交っていなければいい、という考えでしょうか。それは子供が考えてもおかしい論理です」

 例えば昼間は戦闘になるが夜間はなかったり、あるいは敵対武装勢力が潜伏していたりしても実際に戦闘中でなければ、こうした地域で自衛隊が活動することになる。小林さんも「安倍首相は『戦闘が始まればその場から撤退する』と言うが、現実は不可能です。後方支援がなければ、前線の他国軍部隊は崩壊する。その状況で現場の指揮官が退却を命じられるわけがない」。

 さらに青井さんは、※6の「他国軍の武器などの防護」も「きわめて危険な論議」と眉をひそめる。実は今回の法案の方向を決定づけた安倍首相の私的懇談会「安保法制懇」が昨年5月にまとめた報告書では米国艦船など「他国軍の武器などの防護」は「集団的自衛権行使の可能性がある事例」として挙げられていた。にもかかわらず、なぜか与党は、これを武力行使に至らない「グレーゾーン事態」に当てはめ、法案化した。

 「つまり『他国軍の武器などの防護』は集団的自衛権行使に限りなく近いのです。例えば攻撃を受けている米艦を守るため、海自艦がミサイルで反撃する、というケースが考えられます。これは外形的には集団的自衛権行使と同じなのに『日本の存立が脅かされる』という本来の行使要件の縛りとは懸け離れたところで自衛隊武力行使する危険をはらむのです」(青井さん)

 ◇公約271番目に「明確に掲げる」

 何だか「平和」とはほど遠い内容にしか思えなくなってきた。そういえば安倍首相、14日の会見で「先の総選挙で、平和安全法制を速やかに整備することを明確に公約として掲げ、国民の審判を受けました」と胸を張っていた。

 確かに自民の公約集にあった。24ページ目、公約の271番目に小さな文字で5行。探すのに苦労した。これが「明確に掲げる」ことらしい。

 永田町では、この人も怒りまくっている。社民党前党首、福島瑞穂参院議員だ。4月1日の参院予算委員会で、福島さんが戦争法案と批判したことを自民党が問題視し、一時発言の削除・修正を求めたことに対してだ。

 「もうびっくりしちゃって。どう読んでも戦争法案ですよ。なのに『国会でもうこの言葉は使えなくする』ということです。この言葉は何回も国会で使われてきたのに。そこで思い出しました。昔、あの戦争に踏み込んだ日本、政府は戦争と言わず『満州事変』だの『支那事変』だのと言い換えた。それと同じ。政府は今後『事態』『存立事態』と言い換えるのでしょうか」

 安倍首相は福島さんの批判に「レッテルを貼って議論を矮小(わいしょう)化するのは甘受できない」とかみついた。「ならば国会で安倍さんに問いたい。この法案でどのように、なぜ日本が安全になるというのか。まだ一度も筋の通った説明を聞いていません」(福島さん)

 法案に貼られた「平和」「安全」という名の向こうにあるものを注視したい。【吉井理記】
    −−「特集ワイド:続報真相 安保法案のウラを読む 「武力行使の機会広がり、歯止めなくなる」専門家激怒」、『毎日新聞』2015年05月22日(金)付夕刊。

        • -


http://mainichi.jp/shimen/news/m20150522dde012010003000c.html





5


Resize2485