覚え書:「シフト&ショック―次なる金融危機をいかに防ぐか [著]マーティン・ウルフ [評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2015年05月31日(日)付


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シフト&ショック―次なる金融危機をいかに防ぐか [著]マーティン・ウルフ
[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)  [掲載]2015年05月31日   [ジャンル]経済 

■不可避の危機、その根源を探る

 フィナンシャル・タイムズ紙の論説主幹を務める第一級の経済ジャーナリストによる、2007−08年に発生した世界的な金融・経済危機の徹底分析と将来展望の書だ。
 冒頭で著者は、経済理論に基づく政策運営能力が高まり「大いなる安定」が実現、世界はもはや再び大恐慌に陥ることはないと過信していた、その誤りから学ぶ必要があると訴える。徹底的に自由主義的なオーストリア学派を信奉していた著者はいまやケインズを越えて、ミンスキーの「金融不安定性」理論に接近する。新古典派とは異なり、危機が経済システム内部から生じると説明する理論だからだ。
 著者が引き出した教訓は第一に、危機に際してはアクティブな財政金融政策で経済ショックを和らげねばならないということだ。危機後、各国はこの線に沿って果敢に対応したが、その後すぐ、膨らんだ財政赤字抑制のため緊縮財政に走った。これが回復を遅らせた。事態はドイツが影響力を持つユーロ圏で特に深刻だ。
 第二は、現在のシステムの下では金融ショック再来は避けられないと自覚し、ショックへの「耐性」を強化することだ。著者の核心的な提案は、銀行の自己資本比率基準を大幅に引き上げ、投資の元手を十分に積ませることだ。これで、危機の原因となった、少ない元手で何十倍ものリスク投資を行い高収益を上げるビジネスモデルを抑制できる。
 究極的に著者は、これまで当然とみなされてきた「金融グローバル化」を止め、各国が独自の財政・金融政策を発動する余地を復活させることを提案する。規制と安全装置が「世界化」されないまま金融グローバル化を推進したことが、今回の危機の根源にあると著者は考えるからだ。これは実は、ケインズのビジョンに他ならない。リーマン・ショックの記憶が遠ざかる今、「次なる危機」に備えて我々は何をすべきか、大いに考えさせてくれる書物である。
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 遠藤真美訳、早川書房・2808円/Martin Wolf 英フィナンシャル・タイムズ紙の経済論説主幹。
    −−「シフト&ショック―次なる金融危機をいかに防ぐか [著]マーティン・ウルフ [評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2015年05月31日(日)付

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