覚え書:「記者の目:NATOから見た集団的自衛権=斎藤義彦(ブリュッセル支局)」、『毎日新聞』2015年06月03日(水)付。

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記者の目:NATOから見た集団的自衛権=斎藤義彦(ブリュッセル支局)
毎日新聞 2015年06月03日 東京朝刊

(写真キャプション)共同記者会見で話すメルケル独首相(左)を見つめる安倍首相=首相官邸で2015年3月9日(代表撮影)

 ◇安倍首相の姿勢は誤り

 国会で安全保障関連法案の審議が行われている。私は論議の的である「集団的自衛権」に基づく共同防衛組織・北大西洋条約機構NATO・本部ブリュッセル)で取材している。ロシアの脅威に対抗し、集団自衛を強化するNATOを間近に見る者として、安倍晋三首相には集団的自衛権行使に踏み出す資格がないと考える。過去の侵略の歴史の責任をあいまいにし、中国や朝鮮半島との共存の展望を語っていないからだ。世界への積極関与の方向性は正しいが、主導する首相の政治姿勢が間違っている。

 私は「紛争に巻き込まれるから安保法案に反対」という議論に納得できない。「巻き込まれ」なければ、何が起こっても知らないふりをするのか。憲法9条を維持すべきだと考える私も、例えばNATO主要国がイスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)に対する空爆に参加しているのを見て、日本も軍事支援すべきではないのかと自問自答する。閉じこもれば悩みはないが、グローバル化の中で日本人がISに殺されている状況だ。

 中国が領土拡張の野心を見せる今、自衛や日米同盟の強化は理解できる。だが、世界に出て行く集団的自衛権行使には越えるべきハードルがある。侵略への明確な反省と近隣国との信頼醸成だ。首相にはどちらも欠落している。

 ◇戦争責任認め、謝罪続ける独

 昨年、NATOでドイツ人記者と高官の会話を耳にした。メルケル政権は安全保障で積極貢献を打ち出し、昨年はIS対策で戦後初めて紛争地に武器を送り、イラク北部で軍事訓練も行った。ナチスの過去を念頭に「他の国に警戒の声はないのか」との独記者の質問に高官は「歓迎し積極貢献を求める声が多い」と答え、記者は驚いていた。

 ドイツは1999年のNATOコソボ空爆に参加、アフガニスタンにも派兵し、既に軍事貢献に踏み出している。だが実態は恐る恐るだった。ドイツの貢献が「当然」(NATO関係者)と受け止められるようになったのは最近だ。

 信頼の基礎は過去の反省だ。ナチスの侵略で辛酸をなめたポーランド出身のトゥスク欧州理事会常任議長(欧州連合大統領)は「敵が仲間になれた」のは「ドイツが戦争責任を全面的に認める勇気を持ったから」だと述べた。ドイツはユダヤ人虐殺を謝罪する責務があり、日本と事情が違うという見方もあるが見当外れだ。ガウク独大統領は昨年9月のポーランド訪問で、ドイツの侵略について「残虐な罪に恥じ入る」と述べ、戦後世代には「過去の罪により、明日への特別な責任がある」と述べた。メルケル首相も先月、モスクワで無名戦士の墓に献花し「ナチスの起こした戦争による数百万の犠牲者にこうべを垂れる」と述べた。ドイツの徹底した姿勢は対ユダヤに限らない。謝罪は一度では終わらない。私たちが原爆の惨禍を忘れないように、殺された側は決して過去を忘れない。

 安倍首相は今年、米議会で米国との和解を強調したが、米国が主導した東京裁判でのA級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社に2013年に参拝した。今夏の戦後70年の首相談話では、従来の談話の「アジア諸国への反省とおわび」がなくなると憂慮されている。歴史認識と軍事的積極貢献は別だという議論があるが間違っている。密接不可分だ。

 ◇隣国と共存へ、展望を示せ

 また、首相は中国や朝鮮半島との共存への展望を示せていない。参考にNATOとロシアの関係を見よう。NATOは自衛を強化しているが、欧州諸国はロシアがウクライナ介入前の姿に戻り、共存することを切望している。NATOはロシアとの共存方針を今も基本戦略で維持しており、ストルテンベルグ事務総長は「強い防衛と対話は矛盾しない」と明言している。

 共存の展望のない集団的自衛権行使は、対立する国にとっては敵対的な軍拡でしかない。首相が望んでいないはずの戦争への危険を高める。

 さらに、集団的自衛権を手にしてもジレンマは残る。武力行使が何の解決にもならない例はいくらでもあるからだ。ISではイラクの旧フセイン政権の残党が中核の一つとされる。無謀なイラク戦争の結果であり、欧米はツケを払わされている。中東の民主化運動「アラブの春」に触発されたリビアではNATO空爆の結果、内戦状態になり、今は過激派の巣になっている。NATOは問題を解決できていない。本当に安倍首相や日本政府は、武力行使の限界を見据えているのか。

 首相の積極的平和主義への期待はNATOや欧州では大きい。急ぐ必要はない。世界にどう貢献すべきなのか。謝罪と信頼醸成のハードルを越え、粘り腰で議論すべきだ。
    −−「記者の目:NATOから見た集団的自衛権=斎藤義彦(ブリュッセル支局)」、『毎日新聞』2015年06月03日(水)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150603ddm005070037000c.html





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