覚え書:「今週の本棚・本と人:『人間のしわざ』 著者・青来有一さん」、『毎日新聞』2015年06月14日(日)付。
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今週の本棚・本と人:『人間のしわざ』 著者・青来有一さん
毎日新聞 2015年06月14日 東京朝刊
(集英社・1620円)
◇今の戦争と歴史的な戦い全部 青来有一(せいらい・ゆういち)さん
ちょうど20年になる。デビューしたての著者から「土地の記憶」なる意味を教えられた。当時、私が住んだ長崎にまつわる話である。爆心の地・浦上には人々の骨片が埋まり、西坂の丘ではキリシタンが殉教した。多くの血が流れることで苦難の歴史が刻まれ、物語の水脈へと連なるという。この地でこうした記憶を掘り続ける作家が戦後70年の今年、「虚構(フィクション)の到達点」と言い切る問題作を刊行した。
戦場カメラマンが人妻と濃密な時間を過ごしている。30年前惹(ひ)かれ合いながらも別の人生を歩み、再び出会った。レンズを通して<人間が崩れていく姿を見たい>と願う男は幻視のように時間と場所を往還し、女は<戦場の恐怖があのひとを脅かしている>と思う。グロテスクとエロスが混然とするが、抑制の利いた筆致は下卑ない。
鍵となる言葉<戦争は人間のしわざ>とは1981年2月、被爆地を訪れたローマ法王ヨハネ・パウロ二世の発言である。
「幼い頃の戦争といえば、ベトナム戦争。村上龍さんが芥川賞を受賞した後で『海の向こうで戦争が始まる』を書いたけれど、やっぱりそんなイメージでした。現代は全く違った質の戦争で、ある種の近さがある」
ベッドで女と横たわる男に、著者はこう語らせる。<こんなふうに腹ばいで世界を見ることからこれからの人生を始めよう><兵士のように匍匐(ほふく)前進で……ならばむやみやたらに発砲するまちがいも犯さないはず>だと。長崎の先輩作家、野呂邦暢(くにのぶ)は代表作『草のつるぎ』で、大地を這(は)う若き自衛隊員の内面を容赦なく太陽と草が傷つけると書いた。それから40年余。今や世界の至る所で紛争が起き、凄惨(せいさん)な映像が即拡散する時代に私たちは生きている。
「今の戦争の広がりと歴史的な戦いを全部描こうとした。『人間のしわざとは思えない』という表現が一般的なのに、法王は一部だけを切り取って『戦争は人間のしわざです』と言われた。当時から引っかかっていて、ずっと考えていました」
30年以上醸して湧き出た言葉の重みを堪能してほしい。自分の中にぽっかり広がる空虚を埋めてくれる救いがあるから。<文・中澤雄大、写真・内藤絵美>
−−「今週の本棚・本と人:『人間のしわざ』 著者・青来有一さん」、『毎日新聞』2015年06月14日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150614ddm015070008000c.html