覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』=坂井豊貴・著」、『毎日新聞』2015年06月21日(日)付。
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今週の本棚:大竹文雄・評 『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』=坂井豊貴・著
毎日新聞 2015年06月21日 東京朝刊
(岩波新書・778円)
◇集団の意思決定にボルダルールを
2000年のアメリカ大統領選挙では、民主党のアル・ゴアと共和党のジョージ・W・ブッシュによる激戦の結果、ブッシュが勝った。しかし、事前の世論調査では、ゴアが有利だった。逆転した理由は、途中で、ラルフ・ネーダーが立候補したことだ。ネーダーは、ゴアの政策に近かったため、ゴアの票が割れて、ブッシュが勝ったのだ。つまり、ブッシュかゴアか、という選択ならゴアの方が多かったと考えられるのに、ブッシュが選挙で選ばれてしまったのだ。
これは本書で紹介されている事例だ。多数決が本当に私たちの意見を正しく集約しているのか、を疑わせるものとしては最適だろう。
私たちは、民主主義と言えば「多数決」で物事を決めることだと思いがちだ。選挙で選ばれたから、国民の支持を受けている、という趣旨の発言もしばしばなされる。しかし、多数決は意外に弱点をもった制度であり、より優れた制度が存在することが本書を読めば分かる。
集団の意思決定のあり方を理論的に考える社会的選択理論という分野がある。著者は、この分野で国際的に活躍する経済学者だ。
みんなで意思決定をする際にはどのような決め方が望ましいのかを、最先端の研究をもとに、本書はわかりやすく紹介している。政治的な意思決定だけではなく、様々なグループでの意思決定でどのような投票ルールを使うべきかという実用的な知識も得られる。
自分のことを自分で決めるのと同様、「自分たち」のことを「自分たち」で決めることが民主制の基本理念だ。しかし、「自分だけのではなく、自分たちの決定を行うためには、異なる多数の意思を一つに集約せねばならない」。その集約方法としてもっとも頻繁に使われているものが多数決だ。しかし、三つ以上の選択肢があるとき、そのうちの二つの選択肢のペアで多数決をすると、どのペアと戦っても負けてしまう選択肢が、全体の多数決では1位になるということが発生してしまう。
これを防いでくれる投票ルールが、「ボルダルール」だ。ボルダルールは、選択肢が三つであれば、1位に3点、2位に2点、3位に1点という配点をして、得点の総和で選択肢を順位づける。スロヴェニア共和国では国政に使われているし、太平洋の島国ナウル共和国でもこれに似た制度が使われているそうだ。
著者は、小選挙区制のもとでの国会議員選挙や自治体の長の選挙のように一つの選択肢を決める選挙では、ボルダルールを使うことがよいとしており、国会で公職選挙法を改正すれば可能だという。
どんな場合でもボルダルールが最適なわけではない。争点が一つの政治課題があって、その選択肢を段階的に並べることができ、人々の好みはその段階のどれかが一番いいという単峰的な場合だ。この場合は、中位の人の意見を採用する中位ルールが望ましい。ところが、争点が複数あると中位を定義できないのでこの方式は使えない。その上、多数決だと、つねにより好ましい案が採択され続けるというサイクルが発生する。憲法改正のような場合がこれにあたる。サイクルの解消には、64%程度の賛成が必要で、国民投票の可決ラインをそのレベルに引き上げることが必要だという。
集団的な意思決定をする際に、私たちが用いてきた多数決という手法を、別のものにすることを真剣に考えてはどうだろうか。本書を読めばそんな気になる。
−−「今週の本棚:大竹文雄・評 『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』=坂井豊貴・著」、『毎日新聞』2015年06月21日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150621ddm015070015000c.html