覚え書:「書評:死者のざわめき 被災地信仰論 磯前 順一 著」、『東京新聞』2015年06月21日(日)付。

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死者のざわめき 被災地信仰論 磯前 順一 著

2015年6月21日


◆故郷とは何か問い続ける
[評者]赤坂憲雄学習院大教授
 たとえば、被災地には死者のざわめきが満ちている。それはきっと生者の囁(ささや)きや沈黙の底にひっそり沈められていて、きちんと耳を傾ける者にしか届かない。が、それだけでは足りない。イタコのように、それを現世の言葉に翻訳するシャーマンが必要だ。著者はそうしたシャーマンの一人なのだと思う。いかにして、被災した東北から希望が紡がれるのか。いや、それ以前に、いかにして、そこで何が起こっているのかを、明らかな言葉で物語ることができるのか。
 本書には、故郷とは何か、という問いが通奏低音のようにこだましている。その問いはいま、根底から変容してしまったのかもしれない。もはや、家を建て村や町を造り、ともに暮らすことが許されない場所が、海辺の広範なエリアに生まれている。そこに故郷を再建することは、遠くない将来の鎮魂碑を準備することでしかない。
 福島の原発事故の被災地は、大きく事情が異なっている。著者が繰り返し指摘するところだ。ここでは、おそらく何世代にもわたって故郷が剥奪されたのである。それにもかかわらず、なし崩しに失われた故郷への帰還政策が推し進められている。年間二十ミリシーベルトの被曝(ひばく)を強いられる場所に、「帰ってもいい」という。すべては自己責任か。まさしく「内なる植民地」であり、「棄民の大地」そのものではないか。
 著者はいう、「国内にも異郷は存在し、それは自分の心の中にも無限の闇と光の世界として広がっている」と。その異郷が、むき出しに「植民地」と化してゆく時代が訪れようとしている。それでも、この殺伐とした異郷にあって、ささやかな志の灯が消えてはいないことに、歓(よろこ)びを覚える。
 評者もまた、被災地巡礼の旅を重ねながら、首のない地蔵や手向けられた花にばかりに関心を寄せてきた。生者はみな、死者とともに生かされている。ただ、そのざわめきに耳を傾け続けること。覚悟を固めるしかない。
河出書房新社・2700円)
 いそまえ・じゅんいち 1961年生まれ。国際日本文化研究センター教授。
◆もう1冊 
 山形孝夫・西谷修著『3・11以後 この絶望の国で』(ぷねうま舎)。被災者に寄り添いながら破局的な状況の国や社会を考える対話。
    −−「書評:死者のざわめき 被災地信仰論 磯前 順一 著」、『東京新聞』2015年06月21日(日)付。

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磯前 順一
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