覚え書:「書評:棟方志功の原風景 長部 日出雄 著」、『東京新聞』2015年06月21日(日)付。

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棟方志功の原風景 長部 日出雄 著 

2015年6月21日

◆独自の制作過程を跡づけ
[評者]木下長宏=芸術思想史家
 棟方志功といえば、野太い描線が画面いっぱいに溢(あふ)れる女性の裸体図や大きな眼を剥(む)いた羅漢像などがまず思い浮かぶ。それらは、絵の印象も大きいが、画面の大きさも巨大なもので、棟方志功はそれを「板画(はんが)」と名付けた。
 板画のほかに、棟方は、日本画とは異なるという思いを籠(こ)めて「倭画(やまとが)」と呼ぶ絵を、知人の座敷を借りて新聞紙を敷き詰め、みんなの見ているところで、大量の墨を使って描いた。昔の中国の画家が、画室は二階に造り、俗塵(ぞくじん)の届かないところで精神を集中して描け、と教えたことと正反対の制作方法をとったのである。「棟方芸術」は、日本や東洋絵画の伝統を断ち切ることによって生まれたのだ。
 青森の貧しい鍛冶屋の三男に生まれ、小学校以降の学歴はなく、油彩画も版画も独学で身につけた。そんな経歴も、アカデミックな伝統から堂々と自由になった画風を創出した一因かもしれない。こんな彼の作品の原風景を形成したのはなんだったのだろうか。
 三十六年前に棟方の伝記を著した長部氏は、今度はこの問いに答えるために「善知鳥(うとう)版画巻」から「釈迦(しゃか)十大弟子」「流離抄」ほか多くの作品を辿(たど)り、それらの作品が生まれる事情−彼に啓示を与えた人との出会い、そこから学び取る諸思想、浄土仏教や自然を讃(たた)える詩歌を絵にしていく経緯を解明する。そして、その底に「他力本願」が原動力として働いていて、不覊奔放(ふきほんぽう)な仕事が生まれたことを教えてくれる。
 その原風景を見届けるために、著者は、丹念に資料を調べ、棟方が訪ねた旅先や居留先へ足を運び、当時を記憶している人から聞き書きをし、本書を完成させた。ゴッホの「ひまわり」の原色版を誰から借りたかを突き止め、東京へ出てからも、部屋の壁にゴッホの複製画を貼り、制作の励みにしていたことなども明らかにしている。
 百四十三点の図版を収め、棟方志功の制作過程をきめ細かく跡づけ、その全貌を見極めようとした大著である。
津軽書房・3456円)
 おさべ・ひでお 1934年生まれ。作家。著書『津軽世去れ節』など。
◆もう1冊 
 石井頼子著『棟方志功の眼』(里文出版)。棟方志功研究家の孫が生活ぶりや創作をめぐるエピソードから、その素顔を紹介する。
    −−「書評:棟方志功の原風景 長部 日出雄 著」、『東京新聞』2015年06月21日(日)付。

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棟方志功の原風景
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