覚え書:「今週の本棚・本と人:『若山牧水−その親和力を読む』 著者・伊藤一彦さん」、『毎日新聞』2015年07月26日(日)付。

Resize3206

        • -

今週の本棚・本と人:『若山牧水−その親和力を読む』 著者・伊藤一彦さん
毎日新聞 2015年07月26日 東京朝刊

 (短歌研究社・2160円)

 ◇よみがえる幸福な歌人の力 伊藤一彦(いとう・かずひこ)さん

 来月24日で生誕130年を迎える漂泊の歌人若山牧水(1928年没)。その代表作を知らない人は少ないだろう。

幾山河(いくやまかは)越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日(けふ)も旅ゆく

 著名な短歌に比べて、その人となりはあまり知られていない。同郷、早稲田大同窓の歌人にして現代の牧水研究の第一人者が、歌集や書簡を丹念に読み解き、新たなキーワード「親和力」のもとに、現代に通じる牧水の素顔をよみがえらせた。

 「牧水の文学世界は“あくがれ”という言葉で表現されます。対象を熱烈に求め、あこがれる心。だから旅をしたし、恋愛もした。それを他者との関係性という観点から深めてみる時ではないか、と考えました」

 明治、大正から昭和へ、日本が近代化の道をひた走っていた頃、牧水は口絵にあるようなマント、脚絆(きゃはん)にわらじという時代離れしたいでたちで旅に出た。「一人で旅することに充足しながらも孤独を求めるのではない。田舎の農家に一夜の宿を請い、土間で休ませてもらう。その人品、親和力があればこそ、受け入れてもらえた」

 若き日に運命的な恋愛をした小枝子(さえこ)とのエピソードも印象深い。「自分のもとを去った女性の幸せそうな姿を偶然見かけた日、牧水は大変喜び、親友に『これでまア僕も楽に死ねさうだ』と語っています。別れた相手を重んじる、深く寛大な心のあらわれです」

 親和を求める相手は人だけではない。南国・宮崎の山村で両親の愛情に恵まれて育った牧水は、周囲の豊かな自然をも親和の対象とした。「牧水文学の根底には、自然と人間の有限の生命(いのち)に触れて知る、存在の根拠としての“かなしみ”があります。それが嘆きにならず、有限性を慈しみながら前向きに生きる姿勢につながっている。不幸を背負った多くの文学者とは違って、牧水は幸福な歌人でした」

 牧水文学の現代性がそこにある。「神と人間、自然と人間を分け、人間同士を分けることで生じる対立が近代化のエネルギーだったとすれば、環境問題や宗教対立が収まらない今、牧水の親和力、他者を重んじる“分けない”感性が大きな意味を持つのではないでしょうか」<文と写真・井上卓弥>
    −−「今週の本棚・本と人:『若山牧水−その親和力を読む』 著者・伊藤一彦さん」、『毎日新聞』2015年07月26日(日)付。

        • -





http://mainichi.jp/shimen/news/20150726ddm015070012000c.html








Resize3186


若山牧水―その親和力を読む
伊藤一彦
短歌研究社
売り上げランキング: 193,668