覚え書:「今週の本棚・この3冊:戦争文学 高橋敏夫・選」、『毎日新聞』2015年07月26日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:戦争文学 高橋敏夫・選
毎日新聞 2015年07月26日 東京朝刊

 <1>夢の痂(かさぶた)(井上ひさし著/集英社/1404円)

 <2>球形の荒野 上・下(松本清張著/文春文庫/各637円)

 <3>オキナワ 終わらぬ戦争<コレクション 戦争と文学>第20巻(大城立裕他著/集英社/3888円)

 戦争が「平和」のしたり顔で回帰してきた。戦争が積極的に平和を掲げだしたら、もう危ない。戦後70年の本年は「戦後」を脱ぎすて、グローバルな戦争と地政学的戦争へのカウントダウンが始まる「戦前」になってしまうのか。

 戦争が近づく今だからこそ戦争文学を読みたい。戦争と抗(あらが)う戦争文学にくりかえし向きあい、戦争を押しもどす力の糧としたい。

 井上ひさしは、9・11以後の「新しい戦争」に際し、戯曲『ムサシ』で復讐(ふくしゅう)の連鎖を断つ可能性を探り、現代におけるわたしたちの戦争責任及び戦前責任を、庶民版東京裁判三部作で問うた。その最終作が<1>の戯曲『夢の痂』である。「この人たちの/これから先が/しあわせかどうか/それは主語を探して隠れるか/自分が主語か/それ次第」で締めくくられる『夢の痂』は、戦中も今も人びとにはびこる事大主義、すなわち時代の大勢に順応することの醜さをえぐりだした。戦争の熱狂を拒むのは、事大主義に叛(そむ)く個々の「自分が主語」なのだ。

 いつでもどこでも戦争は「秘密」から始まる。対敵はもちろん国民に対しても情報は隠される。人と社会の薄暗い秘密を、謎を解く推理小説の手法で暴き続けた松本清張が、最大級の秘密の体系=戦争に関心を持たないはずはない。『小説帝銀事件』は秘密の闇に包まれた旧陸軍731部隊を、『黒地の絵』では朝鮮戦争勃発時の小倉での米軍黒人兵の暴動を掘りおこした。<2>の『球形の荒野』は、第二次大戦末期、日本の平和を求め、外務省の了承のもと連合国側に身を投じ終戦工作をした外交官が、戦後、「亡霊」として生きざるをえぬ悲劇をとらえた。戦争の秘密は戦後も維持されたままなのである。

 「戦後70年」は、米軍基地の集中する沖縄にはあてはまらない。作家の目取真俊は沖縄「戦後」ゼロ年と指摘する。それだけではない。薩摩藩による琉球征伐、近代の琉球処分と、400年に亘(わた)って沖縄は戦争と暴力に憑(つ)かれてきた。<3>の『オキナワ 終わらぬ戦争』は、「戦争と文学」全集(全20巻別巻1)の最終巻。長堂英吉、知念正真、大城立裕、又吉栄喜、吉田スエ子、目取真俊らの小説、そして山之口貘高良勉の詩からは、続く戦争と暴力への執拗(しつよう)な抗いとともに、戦争の最暗黒をくぐりぬけた先の希望=自立がたちあがる。辺野古新基地反対運動を支える「沖縄アイデンティティ」の、溌剌(はつらつ)とした強靱(きょうじん)さの原点がここにはある。
    −−「今週の本棚・この3冊:戦争文学 高橋敏夫・選」、『毎日新聞』2015年07月26日(日)付。

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