覚え書:「今週の本棚:藻谷浩介・評 『失われた兵士たち−戦争文学試論』=野呂邦暢・著」、『毎日新聞』2015年07月26日(日)付。

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今週の本棚:藻谷浩介・評 『失われた兵士たち−戦争文学試論』=野呂邦暢・著
毎日新聞 2015年07月26日 東京朝刊


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 (文春学藝ライブラリー・1566円)

 ◇後世に残した歴史の教訓

 「中国の脅威」だ、「集団的自衛権」だと、きな臭い議論の飛び交う戦後70周年。少しでも多くの日本人に、38年前に刊行され、今年初めて文庫化されたこのエッセーを読んで知ってほしい。40年前(戦後30周年)の日本に生きていた元兵士たちは、自身の戦場経験についてどう記していたのかを。われわれの認識は、どこまでが彼らと同じで、どこからがずれているのかを。

 この本の著者は、41年前に第70回芥川賞を受賞し、35年前に42歳で世を去った野呂邦暢(くにのぶ)だ。少年時代に故郷・長崎への原爆投下を目撃した彼は、父親の事業失敗で京大進学を断念、自衛隊員などの職を転々としながら、地方在住の作家として身を立てていく。彼が自衛隊員向け限定の会誌『修親』に24回にわたって行った連載をまとめたこの本は、兵士が戦場で体験した戦争の現実を、有名無名の戦記を縦横に引用しつつ描いたものであり、巻末には延べ約130点の引用文献名が挙げられている。

 元自衛隊員が現役自衛隊員向けに書いたものだけに、当時としてはずいぶん「右寄り」の内容であったのかもしれない。東京裁判の不条理を告発した19、20章など、今の「ネット保守」が喝采しそうな部分もある。しかしながら、A級戦犯の弁護はどこにも書かれていない。それどころか、兵士たちを死地に追いやった主犯として、A級戦犯を含む戦争指導者たちの無能、無責任、無自覚が、著者を含む無数の書き手から繰り返し断罪されている。彼らとは一緒にされたくないというのが、戦場で九死に一生を得た兵士たちの、偽らざる共通理解だったということだ。米軍と比べ、日本軍は上級将官の戦死が少なかったという認識や、「1人10殺」の掛け声とは逆に米軍の死者1名あたり日本軍は10名が死んだ計算になることも述べられている。

 引用は兵士の体験記に限定されており、沖縄県民や満州入植民などの住民側からの記述は皆無だ。フィリピン人やニューギニア人は敵ゲリラとしてしか出て来ず、動員された朝鮮人や台湾人、従軍慰安婦への言及もない。今の感覚で言えば「加害者としての目線」が欠けている。しかし、「あれはアジア解放の聖戦だった」といった見方は、これまた一切書かれていない。戦場の現実の重さを知る者から見れば、そういう自己正当化はあまりに軽すぎるのだ。

 人命を紙よりも軽く見て、「無理に無茶を重ねよ」とする作戦命令に従い、卑怯(ひきょう)未練に振る舞う一部の輩(やから)を横目に、文字通り命をなげうった多くの兵士たち。そこまでして死力を尽くしたのは何のためだったのか。無数の戦友が死ぬ傍らで、なぜ自分は生き残ってしまったのか。答えのない自問自答が、全編に渦巻いている。

 著者は、執筆当時の若者世代の戦争への無関心を嘆き、経験を言葉だけで継承するのは不可能だと、何度も絶望の思いを表明する。他方、「太平洋戦争に対してそれぞれ意見のことなる人々も、今後わが国が海外へ兵を送ることに関してだけは反対するという点で意見の一致をみると思う」とも述べている。40年前に述べられたこの見通しは、結局外れてしまうのだろうか。

 「歴史はくり返すという。父親の歴史から何ごとも学ばない者、歴史の教訓に謙虚でない者はやがて歴史に復讐(ふくしゅう)されるだろう」という、著者の語りが重い。兵士たちが無念の死を通じて後世に残した歴史の教訓を、「失われた」教訓にしてはなるまい。
    −−「今週の本棚:藻谷浩介・評 『失われた兵士たち−戦争文学試論』=野呂邦暢・著」、『毎日新聞』2015年07月26日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150726ddm015070004000c.html



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