覚え書:「今週の本棚・本と人:『日本の金石文』 著者・財前謙さん」、『毎日新聞』2015年08月09日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『日本の金石文』 著者・財前謙さん
毎日新聞 2015年08月09日 東京朝刊


 (芸術新聞社・3240円)

 ◇手で文字を書いてきた私たち 財前謙(ざいぜん・けん)さん

 金属や石に刻された文字−−金石文。紙や布に文字を記した時代より昔から、日本人は多くの事柄を伝達してきた。古人が残した文字を読み解き、創造力の翼を広げて「手で文字を書く」ことの重要性を力説した労作。 1963年、大分県豊後高田市生まれ。早稲田大国語国文科卒。早稲田大講師、書家。2009年に雑誌『墨』の第1回評論賞大賞に輝く。そして、同誌から連載の打診を受けたが……。

 「重量感のあるものをやりたい、と自ら覚悟を決めていた。締め切りに追われるといい仕事にならない。しばらく、内容を決められずにいたのです」

 2012年7月の暑い一日。薬師寺東塔の最上層に上る機会を得た。地上30メートル。1000年を超す時を経て、鮮やかに残った〓銘(さつめい)を目の当たりにした。

 「やっとたどり着いた。ここまで来た人は少ない。やはり、この思いを伝えなければ。字の上手下手といった観点とは別次元の、当時の人々の思いが迫ってきました」と回想した。

 大学院で「金石文特講」を担当していたこともあって書き進める内容は整理されていた。

 「学術論文、評論、エッセーといった既成のスタイルではなくサラリと読んでいただけるよう工夫しました。解説書ではなく自分の表現、分身のような形にしたいと考えたのです」

 江戸時代の考証学者、狩谷〓斎(えきさい)が著した『古京遺文』を30年かけて読み込んできた。例えば本居宣長と狩谷との出会いを「松坂の一夜」と紹介し、両者を「東西にそびえる双璧」と評する。薬師寺〓銘が水煙の下に刻された点に注目し、銘文の考えは天女が吹く横笛の音に託されたと、浪漫あふれる空想を披露する。さらに、谷崎潤一郎『瘋癲(ふうてん)老人日記』やタゴールの詩、建築家の隈研吾さんの主張なども、金石文に絡めて語られる。

 全体に、<文字とは起源のときからついこのあいだまで「手で書く」ものであった>という問題意識が貫かれている。主張は明快だ。<ことば(、、、)の大きな支えは、文字を手で書くことにあった>

 「今は墨跡や王維について関心があります。ただ、最終的には文字そのものを書きたい。私の関心の中心は、全くぶれてません。常に書道なんです」<文と写真 桐山正寿>
    −−「今週の本棚・本と人:『日本の金石文』 著者・財前謙さん」、『毎日新聞』2015年08月09日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150809ddm015070043000c.html



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